「芸術・思想家のラストメッセージ」 フィルムアート社 フィルムアート社+石原陽一郎編 それぞれの人生、20世紀からの伝言 「それに死ぬのは、いつも他人」。この言葉は、フランスの古都ルーアンの墓地にある墓石に刻まれた墓碑銘だが、何気なく通りすぎてしまいそうな一句も、それがあのマルセル・デュシャンが生前あつらえたデュシャン一族の墓となれば、俄然、警句もかがやきを帯びるのではないか・・。ときに辺境の地や墓地の片隅に眠る革命家や芸術家の小さな墓に献花が絶えることがないように。本書は、20世紀の思想、文学、美術、音楽、映画など各ジャンルを代表する偉人たち40人が、その生涯の終わりに遺した言葉をキーワードにいかに生きて何を求めたかを記す〈最後のページから読み解く伝記〉である。 「問うことは、思索の敬虔である」と言ったハイデガーと17才年下の教え子(ハンナ・アレント)の不倫、トロツキーは、フリーダ・カーロとのアヴァンチュールを花道にメキシコで暗殺、フーコーのエイズ、ロラン・バルドの交通事故死など、一般に知られたエピソードだけでも、偉人たちの人生は、激動の時代を映して「波乱万丈」というべきか、「天才もまた人の子」というべきか。 マンネリという批判に「ぼくはトウフ屋だからトウフしか作らない」と応えた小津安二郎は、癌との闘病に「ガンモドキを作ったので、一人前のトウフ屋になった」と言ったとか。カリスマ舞踏家、土方巽は、病院の死の床に見舞いにやってくる友人たちに「告別の舞踏」をベッドの上で踊ってみせた。長寿のジョン・ケージは、無為に憧れながら生涯の伴侶だった舞踏家マース・カニングハムの意志で人工呼吸器を外された。若いころからアルコール依存症だったジャクソン・ポロックは、何度か精神科医の治療を受けて禁酒したが、爆発的なアクション・ペインティングの制作後に飲酒癖がぶり返して、愛人同乗の車で霧の夜をドライヴ中に激突死。「私は、長い間、ユングの弟子だった」とは、絵画療法を受けたこのアメリカ最高の画家の言葉だが、分析心理学の元祖、ユングは、心筋梗塞で臨死体験の後、晩年は故郷スイスに石塔がある家を建て隠棲した。 「人間にとって決定的な問いとは、自分が限りなきものとつながっているかどうかである」(ユングの言葉) 偉人や文学者の遺言を集めた類書はあるが、これだけ20世紀文化の開拓者たちをその生のエピソードをまじえて幅広く網羅した本は、例を見ない。太宰治の「晩年」ではないが、人生を最期から考察することは、それが誰にとっても決まった答のない課題でありつづけるだけに、いつも尽きない問いに満ちている。 フィルムアート社+石原陽一郎編/192ページ/四六判/1,785円 (税込)