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本<鷹見明彦>


「フランシス・ベイコン」
マイケル・ペピアット著
新潮社

〈スインギング・シックスティーズ〉の肖像

 「ピカソと並ぶ20世紀美術最大の巨匠のひとり」。このフレーズは、いかにも大ざっぱで、日本ではぴんと来ないかもしれないが、フランシス・ベイコンのヨーロッパでの評価は高く、母国のイギリスでは、ターナー以来の大画家である。父と息子ほど年の差があるピカソを持ち出すのは妥当ではないにしても、20世紀後半に活動した画家に限れば、バルテュスやワイエスとともに例外的な具象画家としての評価は不動だろう。

 抽象絵画の盛隆と表現方法、メディアの多様化に押されて、具象画では、過去の世代を乗り越えるような作品が生まれにくくなった時代にあって、残ったのはバルテュスやベイコンのように、むしろ古典の骨格をつよく踏まえた画家だったと言える。肉塊と化した人間がよじれていたり、檻のなかで交わる獣人を描いて、エリザベス女王に嫌われたベイコンに、「古典的」はそぐわないと思うむきもあるだろうが、ベラスケスの法王の肖像を叫ばせた代表作や執拗に試みたトリプティック(祭壇画に見られる3連画)の様式にしても、「肖像画」という反時代的な絵画形式を基に、ベイコンほど周到に古典を援用した現代画家は稀だった。

 よく知られた当人のポートレイトといえば、ゴミやカタログが床に積もって、壁や丸鏡には絵具が飛び散った殺伐としたアトリエに佇む画家の姿だろう。それはアトリエというより、ホラー映画に出てくる猟奇事件の現場のようだが、親友だった美術評論家が画家との30年におよぶ親交と没後の取材に基づいて記した決定版の伝記は、強烈な主人公の個性と彼が生きた時代のロンドンやパリの熱気を緻密に描き出して、飽きさせない。

 ゴミ溜めのようなアトリエのヒーローは、同性愛に身を焦がしつつ、すべてを養分にして次々に傑作をものにし、テイト・ギャラリーやパリでの展覧会で、美術界や社交界をノック・アウトしていく。清濁入り乱れての祝祭のような日々は、まるでピカレスク・ロマン(悪漢小説)を読むように痛快ですらある。モダニズムについては、辺境であったイギリスという視点、英国人気質の濃い主役は、その中心を相対化するアングルを与える。

 巨匠となってからも、同じ借家のアトリエを変えず(敬愛するジャコメッティを意識して)、必ず友人や居合わせた者たちを引き連れて高級レストランで晩餐し、そこに行けばベイコンに会えるといわれた場末のパブを応接間にした・・。それは、まぎれもなく「スインギング・シックスティーズ(活気ある60年代)」と呼ばれた時代の肖像といえる。その舞台は、おもにロンドン、パリの2都物語だが、なかには、当時ゲイ・カルチャーとビート世代(ウィリアム・バロウズ、「シェリタリング・スカイ」のポール・ボウルズなど)のメッカだったモロッコの港町タンジールなども登場する。
 同名のエリザベス朝の大哲学者、ベイコン卿の血をひく画家が、ダブリンで生まれた背景や、短期間、留学した1920年代末のベルリン、パリとシュルレアリスムとの出会いのエピソードは、本書に生きた歴史書としての拡がりをもたらしてもいる。

新潮社/320ページ/A5判/ハードカバー /¥3,990 (税込)

   
(2005/06/13 update)
     
   
         
 
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