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本<鷹見明彦>


「美術カタログ論」
島本 浣(著)
三元社

カタログという制度の歴史解析から、
オリジナル不在を照射する

 一般的に見ても、私たちが美術作品に触れる環境は、ここ数10年の間にも大きく変化してきたといえる。たとえば美術展カタログの量と質の増加と向上などは、美術ファンであれば身近に感じるところだろう。
 欧米の美術館の分厚いカタログやレゾネは、それだけで満腹になりそうだが、日本の展覧会図録もある時期から出品作をオール・カラーで収録するようになって、近年では、はじめから書籍化を前提に刊行されるケースも多い。

 こうしたカタログの売り上げもふくめて、ますますショー・ビジネス化されていく展覧会イベントという問題もあるが、より広汎に見れば、そこには、社会のヴァーチュアル(仮想)化といった変質がある。つまり、本物=オリジナルの名作を鑑賞するために押し寄せた群衆の一人として、作品のそばに行ったはずの私が、そこに何を見るのかという問題・・。

 今年も上野の国立西洋美術館で、中学生の時に「冬の闇」という伝記を読んで以来、気になっていた17世紀の謎の画家、ラ・トゥールの正体に迫る貴重な展覧会を観たが、こうした古い絵画の場合は、とくにオリジナルとは最早べつな作品といったほうがいいほど、修復や他の画家による改作が施(ほどこ)されている場合も多く、真贋のきわどさも加わって、保護用に暗い照明と強化ガラス越しにベンヤミンの言うアウラ(本物)と出会うのは、そう簡単な話ではない。
 ラ・トゥール展も、またゴッホ展でも、実作とともに関連する作品の写真が、博物館や資料館の展示のように〈出品〉される傾向も増えて、会場の音声ガイドやビデオ、PCも加えて、「見えにくいホンモノ?」よりも、鮮明で詳細なカタログが、展覧会から自立した質量で、観客を待ち受けている。

 この「美術カタログ論」は、現在の美術に関わる制度の原型として、近代のフランスで成立したカタログと美術制度の歴史をパリの国立図書館などでの資料調査を含む長年の研究によって、まとめたわが国では類書のない画期的な労作である。18世紀のオークションの目録にはじまるカタログが、サロンの展覧会や美術館などの整備と拡充とともに、また啓蒙思想による百科全書の思潮によって、どのように展覧会図録やカタログ・レゾネ(作品総目録)などが生みだされていったか。
 
 最初期のレゾネには、レンブラントの版画作品に関するレゾネがあり、複製版画による画集は早くから作られていたが、カタログに作品図版がはいるのは、19世紀にはいってから。時代による作品の記述のされ方や展示の状態、流通との関係、ルーヴルをはじめとする美術館の成立や個人コレクターの発生、作品とタイトルの問題など、いまでは自明とされる事象が、いかなる歴史と社会の産物であったのか、興味のつきない経過が18世紀と19世紀のちがいを軸に、カタログという記録から明かされている。

 本書をいわゆる研究書と劃(かく)しているのは、美術作品をめぐっても、仮想化がつよまる時代の実感にもとづいて、カタログという社会の一表象システムの精査を通して、美術という制度をその社会性やオリジナリティという価値の問題に還って、構造的に問おうとする視点が、その記述と解析から立ち上がっている点にある。

 エピローグで、パリでもベルリンでもなく、1000点の陶板による原寸大の西洋名画レプリカを展示する四国の美術館を訪ねて、語られる「オリジナル不在」への思念には、この一書によって、記憶と現在と未来に向けて、広く遠い視野を開いた著者の大きな透視力が感じられる。手にあまる大問題を長い時間かけて、やさしく書きぬいた著者と出版社には敬意を!

三元社/452ページ/A5判上製/本体4800円+税

   
(2005/08/12 update)
     
   
         
 
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