「時の震え」
李 禹煥(著)
みすず書房
自在な出会いと思索
白い大きなキャンバスの上に太筆で一気に引かれた線や点。乾いた肌あいの顔料の粒子の波動に、開かれた空間が息づいている。
まだ国交がない時代に朝鮮半島から海をこえてやってきた著者は、60年代終わりの変革の季節に、日本の現代美術を揺さぶった「もの派」の司令塔として活躍、以来30年あまり、その切りつめた絵画や自然石と鉄板を組み合わせて新しい空間をよび覚ます作品は、多くの美術館で見かけられるようになり、近年は、ヨーロッパの美術館での展覧会も増えている。
「もの派」の理論を記した評論集「出会いを求めて」は、1970年前後の現代美術家たちのバイブルにもなったが、その作品は、いつも多くの批評やことばとともにあった。評論集には、「新版・出会いを求めて」(美術出版社)と「余白の芸術」(みすず書房)がある。
本書には、この20数年のあいだの折々に発表されたエッセイが集められている。「キャンバスに、絵具をつけた筆かハケで、あちらこちら途切れ途切れの線を引いたり、点を打っている。絵面(えづら)らしきものは、こういった類いの痕跡以外何もない。一見把えどころがなく、いたずらがきとされるゆえんであろう。けれどもこの絵面こそは、一種絶対的な秩序感がないと描けるものではない」「一筆一画ごとに、緊張と解放が生まれ、次の一筆一画を呼び出しながら、新たな世界を予感する。―絵づらの諸要素が、深い連関性の目覚めに支えられれば支えられるほど、絵画は遠い未知なるものを多く含む」
「私はいつもこうして、真昼間に太陽の光を閉め出し、薄明かりの電灯の下で絵を描く。―私の絵画は、一つ一つの物の意味が見えすぎる白日下では不可能に近い。といって、あまり暗すぎると、そこが雰囲気の海になり、絵画も空間もすべて溺れてしまう・・」長いあいだ、現代美術の一線で、質量の高い作品を創りつづけてきた美術家の制作に向きあう姿が目に浮かぶ。
日本、韓国、パリ、ニューヨーク・・・制作と発表に往還する旅のなかでの思索も豊富だ。パリの裏通りでマンホールの穴に叫ぶ子どもたちを見かけて、韓国の山奥で夕日に向かって泣きながら叫んでいた少年を思い出す。「どうにも言葉にならない、大きくなるための身に余る混沌のマグマが、あのような得体の知れない叫びを誘発しているに違いないのだ。ぼくも子供の頃は、言うに言えず胸がはち切れそうになると家を出て、よく山や川に向かって叫んだものだ。すると森羅万象はいつもぼくの声を聴き入れ、大きく腕を広げて答えてくれていると思った」
旅行から帰った自分の部屋でカビた林檎を見つけて、机の引出しに詰めた林檎の腐臭で想像力を刺激したゲーテを憶う話や、庭先で土器の破片を掘り出すうちに怪我をした足裏にその破片の一部がはいり込んだ妄想にとり憑かれる話など、日々の身辺雑記の文章にも、何気ない事象に五感を開いて世界と出会う感性が光る。
ギリシアの旅先から家に送ったはずの小石が、ある日、捨てられて道端の石と取り替えられていたことに気づいて、怒って元の場所に捨てようとするが、「なんの変哲もない(道端の)白い石のかけらたちは、いかなる幻影をも想起することなく、そのあるがままで充足感にあふれた実在として、すべては自ら息づいていて・・・。捨てるべきは、石片であるよりむしろ、勝手に他のイメージをおっかぶせようとした自分の態度であることを悟り、大いに恥じた。―たわいない石片は、こうして再びわたしにとってすっかり貴重な存在となって机の上に並ぶことになった。またいつの日か、子供か妻がどこかの別な石片と取り替えるに違いない」
国語の教科書にふさわしいと言いたくなる、端正で生彩ある日本語の散文の数々。半島から来た美術家にとっては、それは異国語であったはずのことばと意識されるほどに。
「李 禹煥」展(9月17日〜12月23日 横浜美術館)
「もの派―再考」展(10月25日〜12月18日 大阪・国立国際美術館)
みすず書房/248ページ/A5判上製/本体3800円+税
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