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本<鷹見明彦>


「絵画のなかの熱帯」
岡谷公二(著)
平凡社

南から近代美術史を読み直す

 ヨーロッパ諸国の植民地の拡大とともに、南方や東方(ヨーロッパにとって)の国々の風物が、芸術家たちに大きな影響を与えるようになった。それらの植民地の多くは、遠い熱帯に位置していたが、はじめは宣教師や探検家たちが持ち帰った文物や冒険譚などを通して、その後には、ちょうど興隆しはじめた新聞や雑誌、あるいは19世紀半ばにはじまった万博によって、さまざまに流布された異土のイメージは、エキゾチズム(異国趣味)やオリエンタリズムの流行となって広がっていった。

 西欧近代の市民社会に育まれた近代絵画にも、植民地主義がもたらした影響が大きいことは、近年のポスト・コロニアルな多文化主義的な視点に立つ研究からも考証が進んでいる。本書では、その植民地の拡大と経営を通して、オリエンタリズムやエキゾチズムの流行の中心を形づくった近代フランスについて、近代絵画における南方、熱帯からの影響の系譜がたどられている。

 ほかのヨーロッパ諸国にくらべて、フランスにおいてその影響関係が色濃いのは、エキゾチズムが、ナポレオンのエジプト遠征をきっかけに広まったオリエンタリズムを母胎としていることにも明らかだろう。シャトーブリアンやピエール・ロティなどによる小説や紀行文が、東方や南方のイメージを与えるのにどれほど多大な効果を生んだかは、エドワード・サイードの『オリエンタリズム』が批判的に究明するところだが、そうした風潮は、絵画では、19世紀から20世紀初めにかけて、「オリエンタリスト」と呼ばれる画家を輩出した。ここでいうオリエントは、アルジェ、モロッコ、エジプトなどの北アフリカからトルコ、アラブなど中近東のイスラム圏を広くさしている。

 画家たちが競って描いた物めずらしい異国趣味の風景や風俗は、まだ写真が普及する前の時代に南方やアラブへの幻想をかき立てるイメージを作ったものの、パリの国立美術学校や画壇の主流として多くの亜流を生んだそうした画家たちのアカデミックな風俗画は、やがて忘れ去られた。

 オリエント、アラブに取材した歴史画大作を遺したドラクロアも、広い意味でのオリエンタリストだったが、大画家の南や異土への志向は、いわゆるオリエンタリストたちの作品とは反対に、印象派の母胎となるような近代絵画のステップを生みだす契機になった。たとえば色彩について、

 「なぜすべての画家の中でも最高の画家ドラクロアは、どうしても南仏へ行かねばならぬ、アフリカまでも行かねばならぬと考えたのか。ほかでもない、アフリカはもとよりここアルルでも、赤と青、青とオレンジ、硫黄とリラ色の美しい対照が誰にもわかるからではないか」     ー「ゴッホの手紙」

 モロッコやエジプト旅行後のドラクロアは、最後まで南に熱中して、的確な西欧批判のことばも多く遺している。近年は、オリエンタリズムへの関心の高まりから、「ドラクロアのモロッコ旅行展」2003、「ドラクロアからルノワールまで ー 画家たちのアルジェリア展」2004(ともにパリ・アラブ世界研究所)といった展覧会も開催された。

 印象派といえば、一般的にはフランスあるいは南仏の画家たちといったイメージだが、ゴーギャンの場合にかぎらず、ほとんどの画家たちがその生涯のどこかの時点で南方の異国との関わりを持っている。
  マネは、10代で南米航路の商船でブラジルに渡り、リオデジャネイロに滞在している。モネは、フランス軍のアフリカ騎兵連隊に配属されてアルジェリアで1年間の兵役に就いた。カリブ海のセント・トーマス島生まれのピサロは、食料品商社を営んでいたユダヤ人の父親のあとを継ぐのが嫌で、ヴェネズエラへ行き展覧会も開いている。ドガは、アメリカ移民の娘だった母親のニューオリンズの実家(綿花事務所)に滞在し、同地に取材した20点ほどの作品を描いた。ルノワールは、ドラクロアへの尊敬とオリエンタリストの影響もあって、2度アルジェリア旅行をしている。・・・

 このうち、マネやモネの南方行きには、画家志望を父親に反対されての一時的な僻地への追放といった事情があったのは、マネの親友だったボードレールが20歳の時に南海旅行へいくことになった経緯とも共通している。日本におきかえれば、戦前までの「大陸」や満州、南方との関係が重なるが、そこには、さまざまな地政学、戦争、植民地など近代史の光と影が入り交じっている。一面ではよく知られた、本書の後半に綴(つづ)られるゴッホとゴーギャンが、それぞれに南へ向かった運命にも、そのような前史の背景といきさつが作用していた。
 
  ゴーギャンの「タヒチからの手紙」「オヴィリ、一野蛮人の記録」やミシェル・レリス「黒いアフリカ」などの翻訳者でもある著者は、長年にわたってゴーギャン、アンリ・ルソー、レーモン・ルーセル、柳田国男、土方久功など、近代文化人と南方に関わる精神史をライフワークとしてきた。また若いころから南の離島めぐりをつづけて、「島」(白水社)、「神の森、森の神」(東京書籍)など風土の恩恵にふれた紀行文も多くある。美術史にとどまらない、大きな歴史と地誌の観点から編まれた南に向かった画家たちの軌跡は、近代美術史を読み直す意味でも、新しい視野をひらく。

 本書では、ドラクロアからゴーギャンへ、19世紀までが詳述されているが、1889年のパリ万博をみてジャングルにめざめ、1890年のアンデパンダン展で嘲笑されたその作品をゴーギャンが絶賛したというアンリ・ルソーや、マティスとモロッコ、クレーとチュニジア、ノルデとニューギニア、ヴァルター・シュピースとバリ島・・・など、20世紀の画家たちの南方行きもリスト・アップされている。北で書かれた美術史とはべつな、ゴッホ、ゴーギャンからはじまる、もうひとつの〈南の20世紀美術史〉も、さらに読みたい欲求が残った。

平凡社/229ページ/本体2800円+税

   
(2006/3/1update)
     
   
         
 
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