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本<鷹見明彦>


「みる きく よむ」
クロード・レヴィ=ストロース(著)、竹内信夫(訳)
みすず書房

芸術の源を照らす思考のよろこび

 20世紀が生んだ最大の文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースは、1908年生まれ。まもなく100歳になるが、日本では、その主著である「神話論理」全4巻(1964ー1972)の刊行がようやく今年からはじまったところだ。
 その後フランスでは1993年に刊行された本書について、文化人類学と構造主義という20世紀後半の思想を代表する大樹の幹を育て終えた巨匠は、「これが私の最後の著作となるだろう」と語った。

 レヴィ=ストロースの芸術への造詣(ぞうけい)は、研究の対象でもある南北アメリカの先住民のプリミティヴ・アートから、本書でも回想されている戦前戦後のシュールレアリストたちとの交友(アンドレ・ブルトンとは、偶然、戦時中同じアメリカに渡る亡命船に乗り合わせた)もあって、モダンアートまで幅が広い。
 大曲を弾き終わったマエストロが、拍手が静まったあとに自身の音楽への慈しみのために演奏するアンコールのように記されたこの本では、プッサンやシャルダン、アングル、あるいはラモーといった母国フランスの17,18世紀の芸術への愛着が語られている。シャルダンの絵画やラモーの音楽が、ジャン・ジャック・ルソーやディドロ、パスカルなどフランス近代の思想を形づくった哲学やことばとの関連によって、闊達(かったつ)に論証されながら親密に語られる。芸術を専門に分化したジャンルと見る近代以後の視点をこえて、人間の精神の源から発する営みととらえる姿勢がある。「みる きく よむ」というタイトルには、そのような人類学者一流の、しゃれた趣向がある。

−北アメリカの平原に住むインディアンが、自分の肖像を描く白人の画家を初めて見たとき、描かれた像を自分と見違えたという話。一人のインディアンの横顔を描いたとき、別のインディアンが、この絵を見ろ、この男は半人前の男だと叫んだという話。その後には両人のデスマッチが続いたそうだ。
 ディドロがシャルダンを賞賛した理由はまずその写実性にあった。「この磁器の壷はまさに磁器そのものだ。このオリーヴの実は、それが浮かんでいる水によって実際に目から引き離されている。・・・」それから100年後にゴンクール兄弟が賞賛する言葉もそれと変わらない。これら諸民族の智恵は、パスカルが提示した真実の問いを証言するものばかりだー「本物は少しも賞賛に値する物でもないのに、それをうまく似せて描けば賞賛される。絵画はなんという虚栄だろう。」−

 近代への橋渡しとなったフランス近世の文化的爛熟(らんじゅく)は、時代はずれるが日本でいえば江戸時代の文化にも重なる。本書の表紙を飾っているのは、河鍋狂斎の《鳥獣戯画画稿》からの一作である。フランスの知識人が多くそうであるようにレヴィ=ストロースも日本贔屓(びいき)で、これまでに5回来日している。日本の伝統文化に対する関心も深く、最後期の浮世絵師とプッサンやアングルに見られる画境の近さが、比較検証されているのも読みどころである。

−(来日したイギリス人画家との対話で)狂斎は、西洋の画家がモデルにポーズをとらせるのが理解できないと言う。もしモデルが小鳥ならば、あちこち動き回ってポーズをとらせるどころではない。私なら日がな一日小鳥を見ている、と狂斎は言う。(そうすれば、)ある瞬間に描きたいと思う姿が見えてくる。彼は小鳥から目を離し、画帳にわずか三本か四本の描線で記憶に残るその姿をスケッチする。最終的にはその姿をはっきりと記憶から取り出すことができるようになり、もはや小鳥を見なくてもその姿を再現できる。一生涯このような鍛錬をしたおかげで、生き生きした精確な記憶を獲得して、目にしたものはなんでも思い描くことができるようになった。なぜなら彼が写し取るのはいまこの瞬間に目の前にいるモデルではなく、彼の精神が蓄積した多くのイメージであるからだ。
 狂斎の教訓は、アングルがプッサンから学び取ったそれに似ている。「画家は事物をよく見ることによって腕を上げるのであって、苦労して事物を写し取ることによってではない。自然をしっかりと記憶に収め、それがおのずから画布の上に出てくるようにしなければならない」と。・・・−

 こうした画家たちの仕事と方法への眼(まな)ざしの親しさには、アマゾンのジャングルに分け入り、消えていく民族が語り伝える神話を採集した若き日の旅(「悲しき熱帯」1955)から半世紀をかけて、南北アメリカに散らばる先住民の神話のブリコラージュと集積によって、そこに共通する人類的思考の構造を明らかにした著者ならではの共感の厚みが感じられて、こころ動かされる。円熟しながら老いることのない明敏な精神の動きとともに−。

みすず書房/230ページ/本体2,900円(税抜)

   
(2006/5/29update)
     
   
         
 
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