「フェルメール全点踏破の旅」
朽木ゆり子(著)
集英社新書ヴィジュアル版
〈フェルメールへの旅〉が映しだす世界のすがた
「デルフトの眺望」を外函(そとばこ)にしたフェルメールの画集・・。アルバムのようにずしりと重いフランス版のその本は、はじめて丸善で買った洋書の作品集だったが、30数年前、1970年前後を思い返しても、日本語の文献はまだ少なくて、たとえばレンブラントの人気とはくらべものにならなかった。日本では実作にふれる機会がなかなかない伝説の画家の名前は、美術よりも、まずプルーストの長編「失われた時を求めて」のなかで、くり返し美しく語られる画家として知られていたはずだ。
最近は、美術全集にも確実にリストアップされるフェルメールが、これほどポピュラーになったのはいつからだろう。ワシントン、オランダのハーグでの20数点を集めた回顧展(1995〜96)に世界中からの観客が行列をつくり、映画や関連本も急増した20世紀末からの〈フェルメール・ブーム〉という現象は、美術史的にも分析されるべき事柄だろう・・。
「全点踏破の旅」という本書のタイトルは、ふつう「シルクロード世界遺産〜」とか「五大陸の最高峰〜」とか、よりアクティヴでスケールの大きな冒険などの場合にしっくりする。フェルメールの静謐な絵にはそぐわない表現に思えるのだが、近年のこの謎の画家をめぐるいちじるしいブームと評価の高まりに、遺されたその希少な作品がはるかにかがやく山々のようにも映りだしている現状からすると、あながち突飛な言い方ではないのだろう。
フェルメールの作品は、34〜37点が現存している。いずれもキャンバスに描かれた油彩画で、スケッチやデッサン類は発見されていない。作品点数に幅があるのは、3,4点について真贋論争があったり、2004年にはこれまではリストから外されていた「ヴァージナルの前に座る若い女」という作品が、あらためて真作と鑑定されて、サザビーズのオークションで32憶円で落札されたからだ。
フェルメールの全部の作品を観る・・といった旅について想像されることはいくつかある。まずその試みが可能なのは、点数が限られているからだが(ブリューゲルなども40点ほど)、その稀少性によって財産価値が高騰した美術品とすれば、個人コレクションの場合などは観覧がむつかしいケースもあるだろう。この点について、フェルメールの場合は、現存するすべての作品がヨーロッパとアメリカの公立および私立の美術館に所蔵されるか寄託されている。
であれば「全点踏破」というほどのこともないように思えるが、近年のフェルメール・ブームもあってその作品が展覧会の目玉に貸し出されている機会も多い。日本で近年開かれたオランダ絵画展やその所蔵先の美術館展のポスターにフェルメールの作品が選ばることが増えたとすれば、〈スーパースター〉の巡業のスケジュールも問題になる。
「その絵がどんな人の手を経て美術館や個人の所有物となったか、なぜその人はその絵が欲しかったのかというようなことに興味があるのだ。そして、多くの場合、そういった物語の背景には、戦争、政治、富の創造といった要素が隠されている。・・所蔵美術館という環境で見ると、絵の辿(たど)ってきた経路はより明確になる。それぞれの都市の歴史とフェルメールの絵の歴史的経路が何らかの形で交差するのではないかという予感があった」
限られた期間の旅では、所蔵先とは別な場所の美術館で開かれている展覧会を訪ねる場合もあり、また1990年にボストンのイザベラ・ガードナー美術館から盗まれて行方不明の「合奏」といった例外もあるが、画家の故郷デルフト、アムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ベルリン、ドレスデン、ウィーン、パリ、ロンドン、ワシントン、ニューヨーク・・・33点の作品をできるだけ所蔵先に訪ねて、基本的な美術面での知識とともに、その作品の来歴や具体的なエピソードに焦点をあてながら、実見による感想と推論とともにそれぞれの美術館やコレクションと「フェルメールがある街」の現在を伝えた旅のレポートには、たくさんのフェルメール論や美術史的なアプローチにはない鮮度がある。著者がフェルメールの虜(とりこ)になるきっかけになったというロンドンのケンウッド・ハウス美術館での「ギターを弾く女」盗難事件などを扱った前著「盗まれたフェルメール」(新潮社、2001)の取材も生かされている。
フェルメールと旅について思いをめぐらすと、生涯オランダの国外へは出ることなく、デルフトの日常の光景を描きつづけた画家だったが、その作品の再発見は、ゴンクール兄弟や印象派の画家たちなど後世にオランダを旅した人びとによってもたらされた。その絵と場所のありかたからは、「明鏡止水」といった言葉が浮かんでくる。
「(フェルメールが生きた)17世紀にも戦争や宗教をめぐる対立はあったが、いまもその状況は変わらない。イラクではアメリカが仕掛けた不条理な戦争が進行中だ。私がアムステルダムを訪れる少し前には、映画監督テオ・ヴァン・ゴッホ(画家ゴッホの子孫)が、イスラムを侮辱的に扱った短編映画を作ったとしてイスラム教徒に殺される事件もあった。さらに17世紀よりも文明や情報技術は格段に進歩したにもかかわらず、この旅行中に起こったインド洋大津波では30万を超える人が亡くなった。こんな時代に絵はどのような役割を果たすのだろうか。私たちは絵に何を求めるのだろうか」
東西ドイツの統合後、国立絵画館に展示されるようになった2枚のフェルメールとともに語られるベルリンの変化や「デルフトの眺望」が描かれた運河沿いのビューポイントでの検証、ダリがルーブル美術館の「レースを編む女」によって描いた模写とダリ流にアレンジした2枚の作品、「紳士とワインを飲む女」など3点を所有するUSスチールの創業者ヘンリー・フリックをはじめとするアメリカのコレクターたちに関する数奇なエピソード(フェルメールの作品の3分の1はアメリカにある)・・。
登場する主要作のカラー図版にくわえて、所在地の地図、美術館や展示状態のスナップ、街並みや現代建築のレポートもあって、ガイドブックとしてもアップ・デイトされている。
(フェルメールについては、本サイトCINEMAのバックナンバーで「真珠の首飾りの少女」「オランダの光」を紹介している)
集英社/250ページ/本体1,000円(税抜) |