「こころの眼」
アンリ・カルティエ=ブレッソン(著)、堀内花子(訳)
岩波書店
「決定的瞬間」とデッサンの関係
内戦下のスペインで銃孔のように窓が散らばる壁下の広場で遊ぶ子どもたち、戦争直後ナチスに協力した女性に詰め寄る群衆、パリのサン・ラザールにできた水たまりを男が跳び越えようとする瞬間、マネの絵のように川岸でピクニックの昼食をとる人たちの後ろ姿、覗き見をする山高帽子の紳士たち、雨の舗道をコートを被ってやってくるジャコメッティ・・。
どれも一度見たら忘れられない「決定的瞬間」のスナップ・ショットによって、現代写真最高位の巨匠に位置づけられるブレッソン。2004年に95歳で20世紀とともにあった生涯を閉じたが、現在ブレッソン財団が組織した展覧会が日本に巡回している(2007年6月19日ー8月12日、東京国立近代美術館ほか)。
本書には、ブレッソンが折にふれて綴った文章が集められている。
「この世に決定的瞬間を持たないものはない」、あまりにも有名になった引用にはじまる同名の写真集(1952)に収められた写真論。そのフレーズは、先駆的ドキュメント・フォト集団「マグナム」の同志だったロバート・キャパの「ちょっとピンぼけ」とならんで、写真家が表現と報道の最前線に出て行った時代を画した。
ブレッソンの写真の魅力は、写真の特性である瞬間性がみごとな絵画的構図のなかに凍結されている、その無比のドラマの内包にある。
「ずっと絵が好きだった」ー「決定的瞬間」の書き出しにもあるように、そもそもは画家志望だった。1920年代にはアンドレ・ロートのアトリエに学び、また写真家としての名声を確立したのちも油彩やデッサンを生涯描きつづけた。スゴンザックのように渋い油絵、とりわけココシュカや親交の深かったジャコメッティばりのデッサンは本格的だが、こうした写生しデッサンすることへの情熱は、ブレッソンの写真の本質につながっている(今回の展覧会にも、絵画、デッサンが出品されているし、本書には晩年の裸婦のデッサンと自画像を描く写真家のポートレイトが収録されている)。その写真をめぐるエッセイは、写真の特質とともに絵画の特質を語っている。
「これまで一度として写真そのものに『情熱』を傾けたことはない。・・写真のワン・ショット、それは私のスケッチブックの1冊」
「写真は即時の動作だが、絵は思索なのだ」
ジャコメッティ、アンドレ・ブルトン、映画監督のジャン・ルノワール・・。ピカソの伝記ほか時代を共有した者でなければ書けない文章をたくさん書いたブラッサイなどとは対照的に、ブレッソンが遺した文は多いとはいえないが、知人や写真家への献辞とともにとりわけ上記の3人についてのメモワールが読めるのは、貴重である(ポートレイト付き)。
「感激したのは、私がいちばん好きな3人の画家、セザンヌ、ファン・アイク、ウッチェロをジャコメッティも愛していたことだ」
「『ピクニック』の撮影中(ブレッソンは、ヴィスコンティたちとともに助監督に雇われた)は、たびたび雨に悩まされた。雨が降ると私たちはマルロットにあるルノワール家の別荘で雨宿りをした。そこにはいくつもの空(から)の額縁があり、息子の映画づくりに父親の絵があてられていることを窺(うかが)わせた」
「(写真ぎらいの)ブルトンは、ロート川の川床の瑪瑙(めのう)拾いに夢中だった。・・あるとき彼から少なくとも20メートルは離れていようという場所で、ライカのシャッターをかちりと押した。川のせせらぎの音にもかかわらず、彼はそれに気づくと、先生が生徒をたしなめるように指をふってみせた。『なるほど、ただし次は容赦(ようしゃ)しませんよ!』ーしかも想像していただきたい。そのときの私は、もう片方の手で足元の瑪瑙をまさぐるふりをしていたのだから」
共産軍と国民党軍が交戦中の中国、革命ゲリラのカリスマ、ゲバラの溌溂(はつらつ)とした笑顔があったキューバ・・。激動する20世紀の歴史の渦中で撮られた「決定的瞬間」にまつわるエピソード。そして墨で書かれたという原稿も訳文と一緒に見られる。
岩波書店/119頁/1,890円(税込)(本体1800円) |