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本<鷹見明彦>


「愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎」
小宮正安(著)
集英社新書ヴィジュアル版

ふしぎの部屋へようこそ

 「ヴンダー・カンマー」とは、ドイツ語で「Wnder Kammer(不思議の部屋)」。最初それはイタリア・ルネサンスのころに貴族たちの間でコレクションを展示する専用の部屋をつくることが流行ったのが、16世紀後半になるとドイツやヨーロッパ全土に、持ち主も王侯貴族から富裕な商人、博物学者など一般市民にもひろがった。博物館や美術館が生まれる以前の、その元になった展示室であり、プライヴェート・ギャラリーだった。

 ギャラリーや展示室と言うと、整った部屋を想像するが、美術品や宝飾品に限らず、それらを含みながら剥製や貝殻、天球儀、時計、楽器、細工物、古書など雑多な品々を並べた〈珍宝骨董館〉、がらくた部屋といったほうがいい。16世紀の版画に記録されたある部屋の様子をみると、四方の壁の棚を埋めつくすコレクションに加えて、天井にはワニやヘビの剥製、海星(ヒトデ)、貝殻などがびっしり張り付いている。ワニが魔よけだったように、それは当時信じられていた占星術や錬金術などの世界観を反映する小宇宙だった。
  18世紀後半、近代化が進むにつれて、そうした「不思議の部屋」は、解体されてコレクションは博物館や骨董屋に移ったり売り払われてしまった。

 「明治時代、欧米に対して一挙に扉を開け放った日本は、19世紀半ばのヨーロッパを支配していた価値観を、ヨーロッパの価値観そのものと見なし、受容することにやっきになった。ヨーロッパ世界で生み出された博物館、美術館、あるいは自然観、芸術観、さらには自然科学をはじめとする諸学問や技術などが輸入されたのである。そしてそれらは現在、ごく普通に日本の社会に定着している」。
  「ただし、注意する必要があるだろう。当時ヨーロッパから日本にもたらされた文物の多くは、さまざまな経過を経た末に姿を現した事物の上澄みのようなものに過ぎない。その前史を探っていくと、鳥の先祖とされる始祖鳥のごとく、現在の価値観からみれば奇怪な姿が現れる」。

 近年の「ヴンダーカンマー」に対する再発見ブームについて、著者は専門化がもたらした閉塞状態に対して、その「何でもあり」という価値観やジャンルにとらわれない大らかさが魅力であり、また蒐(あつ)めること自体の愉しみ、そこにある「悦ばしき知」への志向と可能性を指摘する。

 本書では、ヨーロッパ各地に保存されている「ヴンダーカンマー」を訪問し、紹介している。まずは有名なオーストリア、アルプスのチロル地方の都市インスブルックの岩山に建つアンブラス城。16世紀のハプスブルク皇帝の弟フェルナンド2世の離宮だが、その〈不思議の部屋〉は、穀物倉庫の上の隠し部屋である。扉の内側、蝋燭の明かりに浮かび上がる重厚なキャビネットと装飾におおわれた空間にひしめいているのは、片目に槍が突き刺さった伝説の英雄の肖像画や象牙、琥珀(こはく)で贅を尽くしたチェス盤、王侯貴族を動物に擬えた鳥獣戯画のゲームカード、拷問装置を模した宴会用の縛り椅子は、客人に酒を強要する余興に使われた。このように驚きと秘蔵品のセキュリティを兼ね備えた〈からくり部屋〉であった「ヴンダーカンマー」には、占領したナチスドイツもそれを発見できなかったといったエピソードが残る。

 「ヴンダーカンマー」の原型は、さかのぼると「ストゥディオーロ(studiolo)」であったといわれている。ルネサンスの詩人ペトラルカにはじまるとされるその部屋は、書籍に囲まれた書斎であると同時にさまざまな文物を集めた収蔵庫であり、研究室だった。時代がくだるにつれて、それは書斎よりも蒐集品のための部屋になっていった。アンブラス城の「ヴンダーカンマー」も、最初は図書室だったという。
「ストゥディオーロ」は、メディチ家のそれのように宇宙を構成すると信じられていた4元素によってすべてを分類した世界のひな形であった。分類や展示法は、時代の思潮によって変化したが、「新世界」の発見や交易によって世界が拡大するにつれて、飛躍的にもの珍しい品々が増えると、異国趣味の品々は、錬金術や魔術的な珍宝とともに「不思議の部屋」を彩る主要なアイテムになっていった。

 「ヴンダーカンマー」で特徴的なのは、そこに見られる品々が今日的な意味での博物館や美術館の収集品とはちがって、一角獣や人魚の剥製、人の顔や風景が断面に現れた奇石のように、あきらかに人工的に作りだされた奇想の産物が多く含んでいることだ。ハプスブルク家のお抱え絵師だったアルチンボルトが描いた自然物や人工物を寄せ集めて人間に模した肖像画なども、まさに「ヴンダーカンマー」の申し子といえる。

 「クンスト」は、英語では「アート」、今日では「芸術」あるいは「作品」をさすことばだが、18世紀以前には、自然物と人工物が混じった「不思議の部屋」にあって、人工的に造り出された物を意味していたという。プラハ、ウィーン、ザルツブルク、ドレスデン、サンクト・ペテルブルク・・・現存する、また失われた「不思議の部屋」を訪ね行く旅は、蒐集、分類、展示といった今日制度となった文化の背景にひそむものの扉を開いて、それを相対化する水先案内となるだろう。

 本書の第6章「ヴンダーカンマーの黄昏」に登場するハプスブルク家のレオポルド大公の絵画ギャラリーを描いた細密画は、本サイトBOOKのバックナンバーにあるジョルジュ・ペレック「美術愛好家の陳列室」に出てくる画中画(クンストカンマー)をめぐるストーリーの元ネタでもある。こうした絵に描かれたように、本来のヨーロッパの美術館やギャラリーがそうであった部屋中を絵が埋めつくす展示は、「ヴンダーカンマー」の世界観がつよく影響していたという話もおおいに刺激的である。

集英社/222頁/1,050円(本体1,000円)

   
(2007/10/30 update)
     
   
         
 
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