「愛の悪魔 フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」
鏡のなかの饗宴
1971年10月、パリ、グラン・パレでのフランシス・ベイコン大回顧展オープン当日。衛兵たちが居並ぶ正面階段を上がっていく画家は、61歳。母国イギリスのテイト・ギャラリーでの回顧展から10年、グラン・パレでの生前の作家の回顧展は、ピカソに次ぐもので、画家は、栄光のピークを迎えていた。「ターナー以来のイギリス第一の画家・・」。現代美術コレクターでもあった当時の大統領ポンピドゥを迎えてのオープニングの紹介は、そのようにはじめられた。
(余談だが、このとき「ラスト・タンゴ・イン・パリ」を撮るためにマーロン・ブランドとパリに来ていたベルトリッチは、ベイコン展に衝撃を受けて、あの有名なマーロンとマリアのロング・ショットのセックス・シーンをベイコンの絵のイメージで撮った)。
回顧展のオープン前夜、パリのあるホテルで一人の中年男が、大量の睡眠薬と酒をあおって自殺した知らせが、画家に届く。ジョージ・ダイアー。画家の長年の愛人で、強烈にデフォルメされた肖像や人物画を多く描いたベイコンの主要作のモデルとなった男・・。
アルコール依存症が悪化して、酒乱騒ぎを頻発するようになったダイアーとベイコンの仲は、しばらく前に終わっていたが、バス・ルームの便器に突っ伏したその死は、画家の描く絵そのものの場面のようだった・・。
有名なインタヴューのなかで、ベイコンは、
オスカー・ワイルドの言葉を引いて「人は愛するものを殺す」と語った。その人とヴィジョンは、この映画にも一瞬現れて痛烈にやっつけらるホックニーや、デレク・ジャーマン、ダミアン・ハーストなど、つづく世代のカリスマとして絶大な影響を与えた。
映画は、20世紀後半、具象絵画のチャンピオンとなった画家と、そのゲイの愛人との関係を軸に進む。モルグのようなアトリエ、中年のゲイ・カップルの諍(いさか)いとセックス、煙草のけむりと酔っぱらいにあふれた60年代のヒップなロンドンの場末のパブ・・。ほとんどが夜の、室内シーンということもあって、ベイコンが何者か知らない場合は、見通すのがきついカルトな映画かも知れない。それと権利の関係で、ベイコンの実作の撮影が行えなかった製作も、実在の画家の映画としては、きびしい条件だ。
しかしながら、少しでもベイコンと現代美術に興味がある向きには、よく復元された画家のポートレイトでおなじみの円鏡のある雑然としたアトリエをはじめ、ディテールにもベイコンのイマージュが充溢した世界へ引き込まれるフィルムだろう。主役のデレク・ジャコビのそっくりぶりも特筆される。
エイゼンシュタイン「戦艦ポチョムキン」のオデッサの階段シーンやマイブリッチの連続写真などにインスパイアーされた画家のイメージや、檻の中のリングにからまり合う肉体のイコンが、まるでベイコンの絵が動き出したように鮮烈な映像に再現されるのは、実作の絵画が登場しないことで効果を増している。そのほか、ベイコンの特徴である像のデフォルメを呼び寄せる鏡面の効果を使った撮影も効いている。アトリエの鏡が凹面鏡であったことや鏡の前に吊された裸電球など、ベイコンのモチーフに照らして、再発見される点も少なくない。
坂本龍一の音楽は、水音やガラス、煙草の燃える微細な音と響き合って、映像空間にクールでミステリアスな軋(きし)みを生みだしている。監督は、デレク・ジャーマンのアシスタントだったジョン・メイブリィ。原作は、ダニエル・ファーソンの「ギンギラのどぶ板人生(フランシス・ベイコン
肉塊の孤独)」(1993)だが、ベイコンの全体像を知りたいのであれば、ベイコン伝の決定版、マイケル・ペピアット「フランシス・ベイコン」(当カフェ・オランジェのBOOKで紹介)が翻訳されている。
販売元:アップリンク/時間: 90 分/2,940円(税込)
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