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映画<鷹見明彦>

「真珠の耳飾りの少女」

〈光の画家〉が生きた時間と場所

 1665年、オランダのデルフト。白いずきんの少女が、野菜売りの屋台がたつ町の広場を横切って、運河沿いの家々の前で遊んでいる子どもに訊ねる。「フェルメールさんの家は、どこ?」

 少女の父は、青い染め付けで有名なデルフトのタイル職人だったが、事故で視力を失い、娘を奉公に出すことになった。「雇い主はカトリックだから、祈りが聞こえたら耳をふさぐように」と新教徒の母は言い、少女は、父の焼いたタイルをお守りにもって、画家の家の家政婦になる。

 採光の明かりが陰影に差す屋内、赤キャベツやラデッシュが刻まれる調理場。オランダの室内画や静物画そのままの光景が映りだしている。画家が描いた《小路》の内外、運河の洗い場、大釜の煮沸(しゃふつ)による洗濯や水汲みなどの家事労働。見習いを取り仕きるのは、主人に描かれたことで現在もふくよかな姿を画布にとどめる《牛乳を注ぐ女》。家政婦たちの居室は、地階にある。

 少女がはじめて眼にする上階の、主人のアトリエは、200年後に再発見されるデルフトの天才画家の作品によって、私たちには既視感にみちている。
 プルーストが賞賛した家並みの黄色い壁の内部、飾り枠のある厚い硝子(ガラス)窓からの光、世界地図、黒縁の鏡、床のタイル・・。くり返し描かれた部屋には、あの黄色い毛皮をまとって、窓の光に《(真珠の)首飾りをかざす女》の肖像がようやく完成して、イーゼルにのっている。それは、《婦人と2人の紳士》のなかで、ワイングラスを持つ娘に言い寄る男にもなった画家のパトロンが、注文したその妻の肖像だった。

 子だくさんで制作の遅い画家は、絵の完成まで、もう1年近くも宝石を売って食いつないでいる。裕福そうに見える市民の暮らしも、内情は火の車。隣りの家は、破産して家財道具が運び出された。家計を握るプチブルの義母、夫婦げんかも絶えないが、《合奏》の絵のままに、飾り絵のある鍵盤楽器の調べに甘く寄りそう場面もある。

 依頼された絵のお披露目と6人目の子どもの出産祝いを兼ねた宴。運河を船でやってくる客たち、後世にはアンティークとして珍重される豪華な食器やグラスの数々。妻がモデルの《首飾りをかざす女》に満悦のパトロンは、その絵のインディアン・イエローを見て、得意気に言う。「マンゴーの葉を食わせた牛の尿を蒸留して作った色だ」と。

 ほとんど家の内でつづく日々の暮らしに、ゆっくりと近づいていく画家と少女。最初にモデルになった絵は、窓辺で机に置かれた真鍮(しんちゅう)の水差しを持つ《水差しを持つ女》。開けかけた窓の硝子は、部屋の光が変わるのを怖れながら少女が、画家の妻に命じられて掃除した。
 そんな家政婦の少女に、美に対するセンスを読み取った画家は、暗箱カメラを覗かせ、その効用を教える。《デルフトの眺望》に描かれた窓外に浮かぶ雲の色を問う画家に、「白・・」と答えかけた少女の口から、たくさんの色の名前が発音される。

 画家から手ほどきを受けた少女は、屋根裏にある絵具の調合室で絵具を作るようになる。ラピスラズリ、朱、ルビー樹脂、孔雀石、アラビアゴム、骨灰、鉛白、亜麻仁油、ワインの澱(おり)が染み込んだ袋地・・。主人のメモを持って、市場へのお使いのついでに薬商で顔料や画材を調達することも。

 パトロンの少女への誘惑を絶った画家は、その代わりとなる肖像画を描きはじめる。モデルとなるために耳たぶに穴を開けて、画家の妻の真珠のイヤリングをつける少女。
 フェルメールの諸作のなかでも、そのつぶらな瞳と開きかけた唇が、闇に浮かぶ真珠のように観る者をとらえる《真珠の耳飾りの少女》(別名、ターバンの少女)。使用人と推定される少女が、なぜ高貴のしるしであった真珠をまとったのか? 珠玉の名作にこめられた画家のおもいと伝説の謎は・・・。

 パトリシア・ルコント監督の「イヴォンヌの香り」「歓楽通り」で知られるエドゥアルド・セラの撮影によるフェルメールの光と色調にせまる落ち着いた映像の光彩、巧みにフェルメールの諸作品を絵解きしたフィクションの真実味と過剰なドラマを抑えた演出が心地いい。
 雪の日も多い冬のデルフト、凍りつく洗濯物、銀器の反射光、精肉市場のジヴィエ(=獣肉。少女の恋人は、肉屋の見習い)・・近世オランダの市民の日常をその暮らしの細部に撮すディテールも見どころである。古典絵画の制作をもう少し踏み込んで見たいという欲求は残るが。

 この映画の魅力は、主演のスカーレット・ヨハンソンの清澄で古典的な容貌の美しさによるところも大きい。フェルメール役は、「イングリッシュ・ぺーシェント」「ブリジット・ジョーンズの日記」のコリン・ファース。

 2003年イギリス、ピーター・ウェーバー長編初監督作品。トレイシー・シュヴァリエ原作(邦訳は『真珠の耳飾りの少女』白水社Uブックス)。アカデミー賞3部門ノミネート。

(*本稿の《 》の作品名は、すべてフェルメールの絵の通称。フェルメールと光については、本サイト、前回のCINEMAの「オランダの光」に詳しい)

販売元:メディアファクトリー/時間:100分/3,990円(税込)

(2005/10/17 update)

 
 
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