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映画<鷹見明彦>

「エゴン・シーレ」

〈帝国〉の秋のおわり、嵐の前に生き急いだ魂と女たち

 「1912年4月、画家エゴン・シーレは、無実の未成年誘拐容疑で起訴された上、判決の際に貴重な作品を一つ焼かれた」ー。
  冒頭の告知から映画は、はじまる。その出来事は、20世紀初頭のウィーン、世紀末の終焉から世界大戦へむかう時代の急迫と不穏を体現した表現主義の鬼才、エゴン・シーレ(1890−1918)のみじかい伝記のなかの事件として記録されている。

 嵐の夜、ウィーンの世紀末を代表する分離派の巨匠そして美術アカデミーでの師でもあるクリムトのモデルだったバリー(ジェーン・バーキン)と同棲するシーレ(マチュー・カリエール)の郊外のアトリエに、ずぶ濡れの少女が逃げ込んでくる。きびしい家庭の束縛から家出して、祖母のところへ行きたいという少女を受け入れた2人は、ウィーンへ少女を同行する。黒い機関車(少年期に他界したシーレの父は、鉄道官吏だった)が登場する駅のシーンは、なん度かあるが、全編のアクセントとなっている。

 少女と一緒にもどってくると、その父親が未成年誘拐罪で告訴したと連れ戻しにやってきた。少女はその場で自殺未遂し、家宅捜索で、少女を描いた素描やほかのデッサンを押収された画家は、連行される。判事によって、猥褻(わいせつ)画ーポルノグラフィと断罪され、24日間にわたる拘留。独房での苦悩と回想・・・。
  観葉植物とアール・ヌーボー調の家具に飾られたクリムトの大きな温室のようなアトリエ。頽廃とエロスを漂わせ、装飾模様の化身となったモデルたち。「毒にも薬にもなる女」(クリムトのことば)ーバリーとの恋と小旅行。平野の彼方にウィーンの森と城を遠望する郊外のアトリエ。たれこめた雲の下に立ち並ぶ樹木と枯れたひまわり(シーレが好んだモチーフ)。
  「山や川や木や草のなかにも、肉体的な動きを見る。植物にも感情の表現がある。よくみれば、夏の木々にも秋を感じることができる」

 クリムトの壁画連作「ベートーヴェン・フリーズ」に飾られた会場での演奏会には、名士たちが集っている。バリーや母、姉たちの奔走と、少女がわいせつ容疑の証言を翻(ひるがえ)したことで、画家は放免されるが、素描は焼却処分に。制作は止まって生活も窮乏し、バリーは、ブルジョアのコレクターたちを訪ねて、シーレが描いたきわどいクロッキーを売り歩く。押収した画を自宅に隠し持つ判事。フロイト理論を生んだウィーンのリビドー(抑圧と性衝動)が見え隠れする。

 新しいアトリエと完成した「死と乙女」(1915)の絵。号外は、セルビアへの宣戦布告を伝えている。バリーの怯(おび)え。破局の予感は当たって、シーレは、資産家の娘エディット(クリスティーネ・カウフマン)と結婚する。従軍看護婦となって戦線にむかったバリーは、馬小屋で戦死。シーレも兵役に就くが、帰還後に開いたウィーンでの個展は、大盛況。賛否両論のうちに作品は美術館にも買い上げられ、画家としての地位を確立した。

 スペイン風邪の流行で、焼却のけむりが漂う人影の消えた街・・。帝国の臨終。エディットの弾くメンデルスゾーンのピアノ曲とともに、画家は、ライバル、ココシュカの傑作「風の花嫁」とは別な、後期の代表作「家族」(1918)をこえる「地上の妄想から至福へ飛翔する」絵や「死の町」の絵について語る。死神が、〈花嫁〉ーエディットを奪い去り、流感に感染した画家も、妻の葬列の通過を待つように28年の生涯を終えた(シーレが、エディットの葬儀の日に死んだのは事実である)。

 シーレの多くの絵や素描のモデルとなった恋人バリー役のジェーン・バーキンは、このとき33歳。私生活でもゲンズブールと別れて、3度目の結婚をはじめた彼女の魅力が横溢した代表作になった。対するエディット役のクリスティーヌ・カウフマンも、30代の半ば。翌年には「リリー・マルレーン」に主演、「バクダット・カフェ」(87)も忘れがたいロミー・シュナイダーを継ぐドイツきっての清純派とバーキンの魔性、天才画家をめぐる対照的な〈運命の女〉を演じる2人のキャスティングがすばらしい。肖像と人物クロッキーに卓越したシーレの絵から抜け出した女たち・・。

 シーレ役のマチュー・カリエールは、ニュー・ジャーマン・シネマの「テルレスの青春」でデビューし、マルグリット・デュラスの「インディアン・ソング」(74)に出演後、この作品が代表作となった。強烈な女優陣の前には、少女とともに脇役になってしまった観は否めない。だが、作品の烈しさや短い生涯から受けるイメージや定番の「不遇の天才の伝説」とはちがって、生前も画壇の寵児の栄光をになっていたシーレの実像、貧乏絵描きとはちがうスタイルにきめていた形姿からすると、端正なカウフマンは、はまり役といえる。
  監督のヘルベルト・フューゼリは、ウィーン大学で美術史と演劇を学び表現主義への関心から、この映画を構想した。本作以外は、日本未公開。

 女優たちとともに、この映画のポイントは、音楽。ブライアン・イーノが架空の映画のために作った「ミュージック・フォー・フィルムズ」(78)からの曲が、ほとんど陽光のない灰色の光につつまれたシーンの連鎖を煙と芳香のようにただよい、繋(つな)いでいる。シーレと入れ替わるようにウィーンに現れ、また短い生涯の耀きをナチの銃弾に奪われたウェーベルンの弦楽が、その絵のもっとも適わしいBGMであるのは、言うまでもないが。

販売元:アップリンク/時間:93分/3,990円(税込)

(2005/12/13 update)

 
 
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