「アドルフの画集」
画家志望の一青年が、世紀の〈独裁者〉になろうとするまで
昨年日本でも公開された「ヒトラー〜最期の12日間〜」(オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督、 2004)は、さまざまな伝説につつまれた独裁者の最期をまともに描いた初めてのドイツ映画として、主演のブルーノ・ガンツ(「ベルリン・天使の詩」)の扮装ぶりとともに話題を集めた。チャップリンの「独裁者」以降もたくさんの戦争映画やホロコーストを扱った作品のなかにはたびたび登場してきたが、正面きってヒトラー主役の映画がドイツで撮られるまでに半世紀以上を要した事実自体が、実際の戦争の主役が与えたトラウマの深刻さを物語っている。
ヒトラーが政治の道に突き進む以前、画家志望の青年であったエピソードは知られている。ウィーンやミュンヘンの美術アカデミー受験に失敗、建築家への志望変更も不首尾に終わって、第1次世界大戦に従軍したが、その美と造形への関心やセンスについては、独裁者の寵愛をうけてベルリン・オリンピックの記録映画「民族の祭典」を製作したレニ・リーフェンシュタールの回想や、第三帝国の首都ベルリンの都市計画を推進した建築家アルベルト・シュぺーアの手記などにも証言されている。芸術統制のための「退廃芸術展」やみずから審査に加わったという「大ドイツ美術展」の開催、デザインを描くこともあった第三帝国の建築や記念碑、占領国の美術品をあつめて少年期を過ごしたリンツに計画された総統美術館の建設をめぐっては、画家や建築家志望に挫折したコンプレックスの影響が指摘されている。
略奪コレクションの蒐集では悪名高いゲーリング元帥が、印象派や表現主義なども好んだのとは対照的に、ヒトラーの嗜好は、印象派以後のモダニズムをまったく認めない復古的な価値観を基準とするものだった。
「少数の興味を持った思い上がりの一派だけに支持され、健康な多く国民のまさに支持を得られない芸術は我慢しがたい」(第1回『大ドイツ美術展』開幕演説、1937)
「アドルフの画集」とは、戦争の間に青春を過ごして、画家をめざしながら一冊の画集を編むこともなく終わったひとりの青年が、世界を破滅の淵へと導く先導者になりかわっていく時を描いた映画である。失われたその青年の姿は、この映画のなかに設定された架空のユダヤ人画商との友情の追憶のなかにだけ残る・・。
ー1917年、ドイツ軍は、大敗し、戦争で200万人が命を失った。10万人のユダヤ人がドイツ兵として闘い、4万人が志願兵だった ー
1918年のミュンヘン。敗戦後の街は殺伐として、復員兵たちが共産主義者をリンチにしている。滑車のクレーンや線路のある巨大な工場跡につり下がっているのは、兵器の部品ではなくモダンアートの大作だ。べックマンやグロッスの風刺画やエルンストの初期作品・・・。(戦時倉庫を現代ギャラリーにする設定は、ニューヨークの兵器庫で第1次大戦前に開催された「アーモリー・ショー」(1913)をモデルにしていると思われる)
ー《マックス・ロスマン鉄工所画廊》、もうひとりの主役、ユダヤ人画商のロスマンは、激戦地にドイツ兵として従軍し片腕を失った。父親は、戦中のくず鉄を売って財を成した新興の資本家。モダンアートの夢と本や音楽に囲まれたガラスの現代建築のなかのユダヤ人家庭。ロスマンも、画家を志しながら利き腕を失って、夢を画商という仕事に託した。
画廊に売りこみに来た復員兵のみすぼらしい元伍長が、自分と同じ戦線の生き残りと知って、主義の異なる画家志望のその男と画商ロスマンは、反発しながら友情を結んでいく。ショーペンハウエルの信奉者だというその男は、酒、タバコ、コーヒー、肉と抽象をさけて、「美は、永遠の価値と普遍性の反映のなのだ」と説く。
不穏な時代のはざまに、「こころの肉声を追求する」モダンアートの布教者ロスマンと復古主義者ヒトラーの、ゆれ動く感情の議論は熱くつづくが、押しよせる時代の暗雲が2人の運命を分けていく。
一部の資本家がバブルと投機でボロ儲けする一方で、ヴェルサイユ講和条約による膨大な賠償が市民を逼迫(ひっぱく)させる状況の下で、「最大の敵はわれらの内にいる」と反ユダヤ主義を求心力にしようとする旧陸軍、右派のプロパガンダは広がりをみせる。
「クレーとは対極」と批判しながら、ヒトラーが描きだした鷲の絵に飾られたユートピアの素描を認めて、新進画家を売り出そうと、雪の夜、カフェへ会いに行く途中、ロスマンは集団リンチされて死亡する。「空虚な社会の申し子」と見込まれたヒトラーは、「神聖なアーリア人を宇宙と合一させる聖杯の騎士」の使命を遂げるために絵筆を演説に代えて、別な才能を開花させていく・・・。
「カラーパープル」「インディ・ジョーンズ」などの脚本で知られるメノー・メイエス初監督作品(2002年製作)。画商マックスには、「マルコヴィッチの穴」「アメリカン・スウィートハート」のジョン・キューザック、ヒトラー役は、「シャイン」で注目された個性派ノア・テイラー、マックスの愛人の画家には、キューブリックの遺作「アイズ・ワイド・シャット」、
「ディープ・インパクト」のリーリー・ソビエスキーというキャスティング。撮影のラホス・コルタイは、「太陽の雫」や「海の上のピアニスト」でヨーロッパ映画賞撮影賞を受賞している。
販売元:アミューズソフトエンタテインメント/時間:120分/3,990円(税込)
(2006/1/18 update)
|