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映画<鷹見明彦>

「美しき諍い女」〔無修正版〕

画家とモデルの時間とは・・?

 「画家とモデル」というモチーフは、画家たちにとって魅力のある画題のひとつであるらしく、ベラスケスの「ラス・メニーナス」、フェルメール「アトリエの画家」からマティス、ピカソまで巨匠たちも、くり返し描いている。

 なかでも「裸婦と画家」という組み合わせは、ポピュラーなイメージでありながら、考えてみると、興味深い問題を含んでいる。「主体にとっての対象」とか「自己言及」とか、むつかしい分析はさておき、それは、エロスを描きたい、表現したいという欲求のイマージュでもあるのだろう。ピカソが晩年になるほど、執念のように大量に描いたポルノグラフィーさながらの画家と裸婦モデルのデッサン、エッチングを見るにつけても、そう思うのだが。またそれは、神様が遠くなった時代に「受胎告知図」にかわって、多く描かれるようになった・・と想像してみるのもいいかもしれない。

 1991年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、ジャック・リヴェットの代表作となった「美しき諍(いさか)い女(め)」は、全編4時間の半分以上が、一人の画家とモデルがアトリエでくり広げる制作シーンという空前絶後の映画 ー。
  南仏の古い邸宅に隠棲する老画家(ミシェル・ピコリ)のもとを旧友のコレクターが若い画家とそのガールフレンド(エマニュエル・ベアール)を連れて訪れる。若く美しいその肢体をみた画家は、過去に妻(ジェーン・バーキン)をモデルにして未完のまま挫折した作品をふたたび制作する意欲にかられる。はじめのうちは嫌がっていたモデルが、まるで格闘技のようにして進行する制作に、創造の共犯者となる情熱を画家と分かち合うようになって・・。一枚の絵の制作の進行とともに現実の人間関係も、嵐に巻き込まれていく。

 「美しき諍い女」とは、この映画の原作となったバルザックの短編小説『知られざる傑作』のなかで、主人公の画家が描いたと幻覚する架空の絵のタイトル。映画のなかの絵とデッサンの制作シーンは、画家ベルナール・デュフールがリハーサルなしで描くのをワンテイクで撮影したという。ほとんどBGMがないかわりに、ポーズする肉体が動く音、キャンバスやカルトンに触れる絵筆や木炭の音が生々しい音づれを響かせる。
  また全体の撮影は、映画の進行のとおり、時間の流れにそって行われた。さらされつづける肉体のなかで、同時進行するエマニュエル・ベアールの感情の変化を記録していく映像が、ひとつの見どころ。

 執拗(しつよう)なモデルとデッサンの葛藤といえば、ジャコメッティの逸話も思い浮かぶが、ピコリ演じる老画家がそれほどの巨匠でもなく、むしろ妄執につかれた老人であり、生彩は女性たちのほうにある。それもこの映画が成功した演出の妙と言えるが、若い〈諍い女〉の体当たりに対するのは、三角関係に悩む妻役のジェーン・バーキン。かつての誘惑する魔性の女の代表が加齢とともに見せる抑えた演技が、映画の陰影を深めている。これまで本サイトで紹介した映画でも、「パッション」(ピコリ)、「エゴン・シーレ」(バーキン)など数多くの作品に欠かせないフランスを代表する名優2人が、このもっともフランス的な体質の力作で夫婦を演じている。

 その長さとともにこの映画が話題をあつめたのは、公開時のヘア問題。1991年の東京国際映画祭では、無修正で上映されたが、その後のロードショーでは一部のみが無修正。国内の一般公開ではじめてヘアを見せた映画として騒がれたのも、いまからすると懐かしい。画家とモデルの映画が、そしてエマニュエル・ベアールの肢体と熱演が、遅ればせながら「表現の自由」を勝ちとる女神の役割をになったことは、歴史のめぐり合わせとして記憶されるだろう。このDVDが〔無修正版〕とあるのは、そのような経過による。

1991年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。同年ロカルノ国際映画祭名誉賞受賞。1992年度キネマ旬報外国映画ベストテン第1位。

販売元:パイオニアLDC株式会社/時間:238分/3,800円(税抜)

(2006/3/10 update)

 
 
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