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映画<鷹見明彦>

アンディ・ウォーホル / スーパースター

ドル紙幣を絵にした男の神話

「15分間は、誰でも有名人になれる」
「ぼくは、ぼくの生きている時代、文化のまさに一部だという気がする。ロケットやテレビがそうであるように」ーアンディ・ウォーホル

 1960年代初めから大量消費、情報化時代の特性をいち早くとらえた作品とメッセージとともに、その存在自体がポップ・アートの元祖スーパー・スターを演じて、〈キング・オブ・ポップ〉の座に君臨したウォーホル。
 1987年の死からまもなく、コーラやディズ二ー映画のようにもっとも世界に波及力をもったポップ・アートを体現したトリック・スターと同時代を生きた知人たち、アート関係者、かつてのニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンの仲間たち、兄弟や親類・・などへのインタビューに、ウォーホル本人の各時代のインタビューやそのフィルム作品をまじえて構成されたドキュメンタリー。

 当時のヒット・チューン、ブロンディの「ハート・オブ・グラス」にのって、「ファクトリー」(アトリエを製品を量産する「工場」とよんだ)でアシスタントたちが、ウォーホルのセルフ・ポートレイトをシルクスクリーンでポップ・アートに仕立てる工程を映すタイトル・バック。・・・TV番組で罵倒される大統領選前のブッシュ父、バブルでNYに高層ビル(トランプ・タワー)を建てた成金、レーガン大統領、スキャンダルで懺悔する有名伝道師、ゴルバチョフ、ホメイニ師、ボクシング世界ヘビー級チャンプのタイソン、オリンピック陸上100メートルの金メダル剥奪、そして「心臓発作で急死した世界に影響を与えた内気な芸術家を追悼するために、教会には100人の知人と親戚が集まった」というTVニュース。「アンディは、人を茶化すのが得意。1930年9月28日生まれという経歴も怪しいものです・・・。」

 掲揚(けいよう)された星条旗と煤煙をはくコンビナート、東方教会のような様式のバブテスト教会。故郷ペンシルバニア州ピツッバーグの中心部。リトアニア、ポーランド、スロバキアなどからの移民の町。従姉妹たちの回想・・「仕事で家をあけることが多かったスロバキア移民の父親は14歳で亡なり、信心深い母親と兄ふたりの3人兄弟の末っ子。いまはない生家の隣りは、リトアニア人クラブだった」。「ロール・キャベツや炒めたキャベツとヌードルを食べて育ったはずよ。内気で変わった子、病弱でそれで絵描きに。アンディの考え方を後で知って、皆で大笑いしたわ。私たちと同じ。ちょっと変なの。変じゃなくて、人生を楽しんでいる」

ペンシルバニアの農場で暮らす6歳上の長兄の回想・・「少年時代、少し神経を病んだことがあって、その時期にクラスメートや訪ねてくる親戚の似顔絵をよく描くようになった(後年、多くのスターや有名人のポートレイトを作品のモチーフにして売った)。日曜には必ず教会へ行くような伝統を重んじる環境に育ったので、アンディも晩年には、また教会へ通っていたはずだよ」

 アイヴァン・カープ(O.K.ハリス・ギャラリー)・・「1961年のある雨の日の午後だった。グレーの髪を短く刈った奇妙な風貌の男がジャスパー・ジョーンズの作品を観にやってきた。なにか他におもしろいものはないかと言うので、ひと足先に作品を持ってきていたリキテンスタインの絵をみせると、『僕も似たようなことをしている』と彼は言った」
 ロイ・リキテンスタイン(画家)・・「同類がいたのには驚いたよ。彼とは面識もなかったし、他では同じような作品を見たことはなかったから。マンガを使った画家は、過去にもいたが、マンガそのものを絵画作品として発表した者はいなかった」

 トム・ウルフ(美術評論家)・・「ポップ・アートが登場するまでの美術界の主流は、抽象表現主義の考え方だった。アメリカは、文化的には遅れた国で下品なまでに商業化された場所だとね。芸術家は、現代社会のその一面には背を向けるしかなかった。だが少しあとの世代のウォーホルは、『ひど過ぎて、逆に大好き』と考えたんだ」
(ウォーホルに缶詰のパッケージを使われた)キャンベル・スープのデザイン担当部長・・「赤白のラベルになったのは、1898年、重役のひとりがコーネル大学のアメフトのジャージをみて色が気に入ったからとか」

 「ファクトリー」の仲間・・「後にも先にもないほどすさまじかったよ。そこにいるだけでみんなお祭り騒ぎだった。時には窓から誰かが投げ落とされた。でもそんな無秩序状態のど真ん中で、アンデイは、ずっと制作をつづけていた」
ウォーホルが創刊した雑誌『インタビュー』の編集者・・[アンディは、夜中でもかまわず電話してきた。あの化粧品の広告はどうなった?と。ノン・ストップで働き、干渉してくる。仕事というより、名もない田舎者が世界の頂点をめざしているという感じで。発狂せずにあのペースについていくのは、強さが必要だ」

 デニス・ホッパー(俳優、映画監督)・・「アンディは、デュシャンの言う『未来の芸術家』だった。彼が芸術だと指し示したものは、すべて芸術になった」 マリオ・アマヤ・・「ドル札を描いた作品は、偉大な芸術家になる方法を訊いたエレノア・ウォードに一番好きなものを描けといわれたアンディが、金(かね)と答えて、ドル紙幣を描くようになった」
 ウォーホルの買い物によくつき合った雑誌記者・・「100ドル札の束を入れたビニール袋かリュックを持ってマディソン通りに行って、買い集めた宝石類と銀器と札束を一緒に詰め込んだ袋をかついで、いつも変な格好で歩いていた」・・・

 偉大な芸術家やスターの人生を、その生い立ちから時間軸にそって取材した構成は、こうしたドキュメンタリーの手本のようなつくりでもあるが、虚像を演じることにかけては、天才的だったウォーホルその人を、初めから終わりまで、まさに彼が巧みだった「世界や他者に語らせる」という方法によって映し語らせたところに、この映画の内実があるのだろう。

 原題である「The Life and Times of Andy Warhol」のとおり、21世紀のいまからみると、60年代、70年代はもちろん、この映画が製作された時代の〈ウォーホル・チルドレン〉とでも言うべきバスキア、キース・へリング、ロバート・ロンゴ、ジェフ・クーンズたちの作品が並ぶ1980年代のニューヨークのアート・シーンの場面にも、めまぐるしく過ぎ去って、すでに記憶になった「きのうの時代」の姿が浮かんでくる。
 ブロンディ、ベルベット・アンダーグラウンド、ケイト・ブッシュ、ピンク・フロイド、ジョン・レノン、ボブ・ディラン、ドナ・サマーなどの「懐メロ」も満載で、彩りとなっている。

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント/時間:86分/4,700円(税抜)

(2006/4/13 update)

 
 
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