パリ・ルーヴル美術館の秘密
〈美術館〉という巨大生物の生態記録
時間の迷宮をタイム・トラヴェルしていくような、生きつづけている恐竜の体内にはいっていく感覚・・巨大な美術館や博物館は、ある規模をこえた大きさになると、それ自体がひとつの〈生きた歴史〉になる。
数ある美術館のなかでも、世界最大規模のルーヴル美術館 ー。2800室に展示されている35万点のコレクションの一部をひと通り見てまわるのに1週間はかかる、質量ともに「美術館」の代名詞であるルーヴルの歴史は、12世紀パリに建てられた城塞にはじまる。その後、王宮となって16世紀末から現在「ドノン翼(よく)」とよばれているグランド・ギャラリーの建造がはじまった。ルイ14世がヴェルサイユに王宮を移してからは、王立アカデミー(公立の美術学校)に使用されるぐらいだったが、18世紀の終わりにフランス革命によって、没収された王族の膨大なコレクションを一般に公開する共和国の美術館になった。
こうしたルーヴルの歴史は、世界一大衆的で開放的な美術館といわれるその性格に反映して、近代以降パリが芸術の都となるのに大きく寄与した。ドラクロアやセザンヌから「ダ・ヴィンチ・コード」にいたるまで、美術館の名作に学んだり、題材を得た芸術家は数えきれない。
1980年代にはじまったミッテラン政権によるルーヴル再生計画ー「グラン・ルーヴル・プロジェクト」は、ルーヴルの歴史にとって近年の画期的な事業だった。
中庭の地下から築かれたガラスのピラミッド、あらたに展示室として公開された「リシュリュー翼」など、新世紀に向かって〈グラン・ルーヴル〉として生まれ変わった美術館は、以前にも増して観客を集めている。
地下から美術館を仰ぐアングルで出来たてのピラミッドの内側からガラスを清掃する人影が映るシーン・・・。1987年、この映画は、「グラン・ルーヴル・プロジェクト」による改編が最終段階にさしかかった時期に撮りはじめられた。
最初は、17世紀に活躍したシャルル・ル・ブランがヴェルサイユの鏡の間のために制作した大作「アレクサンドロス王とポルス」を半世紀ぶりに倉庫から出して展示する歴史的な行事を記録するための撮影依頼だったが、それをきっかけに5ヵ月におよぶルーヴルのドキュメンタリー製作へ発展していった。
このドキュメンタリーのユニークさは、美術館のコレクションの紹介ではなく、1200人も職員がいる生きて活動をつづける美と歴史の殿堂の生態の記録をめざしたところにある。美術品の搬入と収納、新装ギャラリーの展示作業、作品の修復、展示をめぐる学芸員の議論、大掃除、サン・ローランの新ユニフォームの配布、消防や救命訓練、テロ対策・・舞台うらで日々行われている活動を追いながら、様々な時代を通じての増改築で入り組んだ〈迷宮〉の空間と多くの名作が、ふだんの静謐な表情とはべつな生々しさで映し出される。巨大な地下収蔵庫、長い長い廊下、食堂、職員用のトレーニング・ルーム、深夜や夜明けのルーヴル・・。
ルーヴルという素材も最高だが、美術館という場所に対する見方が変わるこれまでにない美術館ドキュメンタリーの傑作のひとつだろう。
50点以上の代表作を含む作品が登場するが、この映画の性格から必ずしも著名な作品が網羅されているわけではない。とくに撮影時には中世やルネサンス、フランドル絵画などを展示する「リシュリュー翼」がまだ公開前の改修中だった関係で、「ミロのヴィーナス」や「モナ・リザ」はさておき、プーサン、クロード・ロラン、ラ・トゥールなど近世のフランス絵画が多く映っている。
監督のニコラ・フィリベールは、アラン・タネールらの助監督をつとめた後、TVドキュメンタリーを製作、本作品以後は、聴覚障害者の日常を描く「音のない世界で」(1992)、知覚障害の人びとの生活を扱った「すべての些細な事柄」(1996)、山村僻地(へきち)の小学校を撮った「ぼくの好きな先生」(2002)でヨーロッパ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。
1990年/フランス/カラー/85分
販売元:レントラックジャパン/5,670円(税込)
(2006/8/8 update)
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