家族の肖像
〈赤い公爵〉の部屋のなか
今年は、ルキノ・ヴィスコンティ(1906-1976)の生誕100年にあたって、記念上映会や催しが行われている。
ミラノの名門貴族の家に生まれたヴィスコンティは、「郵便配達は二度ベルを鳴らす(妄執)」(1942)でデビュー以来、70年の生涯に18本の映画を遺した。1940年代の戦中戦後にかけては、「郵便配達ー」「揺れる大地」(1948)といったネオ・リアリスモの傑作を、50年代から60年代には、「夏の嵐」(1954)「白夜」(1957)「若者のすべて」(1960)「山猫」(1963)「熊座の淡き星影」(1965)「異邦人」(1967)など、土地の歴史に根ざしたドラマと人間像の陰影を描いた作品が、ヴェネツィアやカンヌの映画祭でつぎつぎに受賞して巨匠監督の地位をきづいた。その後も「地獄に堕ちた勇者ども」(1969)「ベニスに死す」(1971)「ルートヴィヒ」(1972)のドイツ三部作、そして最後の「イノセント」(1976)まで、いずれも映画史にかがやく大作を生みだした。
「家族の肖像」(1974)は、ワーグナーに心酔し19世紀になっても築城を続けたバイエルンの狂王ルートヴィヒ2世の頽廃(たいはい)と破滅の生涯を描いた大作「ルートヴィヒ」の撮影後に倒れたヴィスコンティが、半身不随になりながら再起して製作した晩年の代表作である。
映画のファースト・シーンは、拡大鏡のレンズに映る古画の細部からはじまる。ローマの豪邸にひとり住む初老の大学教授(バート・ランカスター)の書斎と居間は、そのコレクションであるさまざまな「家族の肖像」の古画で埋まっている。〈描かれた家族たち〉と隠棲する教授の暮らしに、不可解な間借り人たちが侵入してくる。
右翼の大物の夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)とその娘、娘の婚約者。夫人は、画商に手をまわして取得した古画と引きかえに美形の愛人(ヘルムート・バーガー)を教授の家の二階に住まわせる・・。間借り人たちが起こす波風に絵に囲まれてモーツァルトのアリアを聴く平穏はかき乱されるが、やがてかれらは老教授と一緒に家族のように食卓を囲み、それぞれの事情を打ち明ける。話せば、「家族の肖像」の画家アーサー・デイヴィスについても知る青年は、左翼運動にはいる以前は、大学で美術史を専攻していたという。
日本では、「家族の肖像」というタイトルがすっかり定着しているが、原題の「カンバセーション・ピース」は、18世紀イギリスで流行った貴族や上流家庭のだんらんの様子を描いた風俗画。こうした絵画は、写真の発明以前には家族写真のかわりに盛んに描かれた。18世紀の後半になると、画商とギャラリーが生まれて、絵画も特別な美術品になっていくのだが、「カンバセーション・ピース」は、それ以前の時代に王侯にかぎらず市民が、プライベートに工房に発注して制作された個人的な記憶のための装飾品だった。
「カンバセーション・ピース」について、ヴィスコンティは、「(それらの肖像画には、)家族たちやその子どもたち、召使いや犬も一緒に描き込まれています。絵のなかの人びとは、あまりにも美しく、気品高く、魅力的でありすぎて、動かぬ絵のうらに、思わず、はげしい愛憎と淫蕩(いんとう)のドラマを想像せずにはおれぬほどです」と語っている。
ヴィスコンティは、この映画の構想についてマリオ・プラーツの名著「カンバセーション・ピース」(1971)の影響を色濃く受けたと推定されている。ローマ大学の英文学教授であったプラーツは、イタリア新古典主義研究の第一人者であり、室内装飾や美術への造詣が深く、骨董の鑑定家としても著名だった。そのコレクションは、家具や調度品とともにマリオ・プラーツ美術館としてローマのパラツッオ・プリモリに再現され、1995年から公開されている。
ほとんど邸宅の内部、室内のみで展開される映画のセットとランカスター演じる「老教授」のモデルに、ヴィスコンティがプラーツから多くのイメージを得たことは疑いない。教授の家のバルコニーからの見えるローマの町の風景も、あえてセットで撮影された。前作「ルートヴィヒ」の撮影後に血栓症で倒れ死を予感したヴィスコンティが、車椅子での撮影条件として室内劇を選んだともいえるが、ルネサンス調の家具や調度におおわれた家が、間借り人の過激派青年が強行したリフォーム工事のために水浸しになるといった展開にも、過去の文化のタイム・カプセルであるヨーロッパの家屋
ー 部屋という空間自体が、主役となっている。
ヘルムート・バーガーの大根ぶりが、どうにも狂王のスケールには空疎すぎた「ルートヴィヒ」にくらべて、この作品が密度をもって見られるのも、抵抗運動から共産党に入党し、「赤い公爵」ともよばれたヴィスコンティが、一方でその中世以来の貴族の血統のなかで培(つちか)ってきた部屋と調度への愛着をぞんぶんに披露しているからだろう。
革装の古書が壁を埋める書斎は、ただ遺物がならぶ博物館ではない。右翼に襲われ負傷した青年がかくまわれる書棚うらの〈隠し部屋〉は、かつて教授の母親がファシストの手からユダヤ人やパルチザン(第二次大戦中のイタリアの抵抗ゲリラ)をかくまった場所だった。・・最後に爆死する青年、その青年から「父」とよばれ死の床につく老教授は、どちらもヴィスコンティその人の幻影のようだ。そう思うと、床に落ちてくる心電図の記録紙が映るタイトル・ロールにこめられた覚悟も深長に見えてくる(ヴィスコンティの死因は心臓病)。
若き日には、パリでルノワール監督のアシスタントをつとめて映画を志し、帰国後はファシズムに抵抗してネオ・リアリスモの先陣を切り、後年の1960年代末から70年代はじめの反抗とテロの季節(当時イタリアでは新左翼や右翼による爆弾テロや誘拐が相次いだ)にはあえて反時代的なデカダンスを描く大作を作りつづけた・・。封切り時から30年経って観かえしてみると、この現代劇から逆算して、ヴィスコンティのラジカルな筋がねがはっきりと見えてくる。
老人の夢の回想シーンで、亡き妻と母となってあらわれるのが、クラウディア・カルディナーレとドミニク・サンダという豪奢な配役は、巨匠の遺作にはふさわしいというべきだろうが、全体のなかではやや浮いてしまった感は否(いな)めない。それを巨匠の老衰とみるのはやさしいが、この作品の後に、さらに「イノセント」を完成させて世を去ったヴィスコンティが映画という「酔生夢死(すいせいむし)」の術に憑(つ)かれて達した境地が感じられる。
◎ヴィスコンティ生誕100年祭ー「山猫」「ルートヴィヒ」「イノセント」上映
10月7日〜11月2日 テアトルタイムズスクエア(新宿タカシマヤ・タイムズスクエア12F)
◎「ヴィスコンティの遺香」篠山紀信写真展 10月20日〜11月18日
九段・イタリア文化会館、 写真集『ヴィスコンティの遺香』小学館
1974年イタリア・フランス合作/カラー/121分
販売元:紀伊國屋書店/4,800円(税抜)
(2006/10/12 update)
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