ざくろの色
多極化の時代に見直す異才の映像絵画詩
パラジャーノフ(1924〜1990)の世界をひと言であらわそうとするなら、「フィルムで描かれた民族の映像絵画詩」・・とでもいえばいいのだろうか。絵画というのはたとえではなく、民族的な色彩にみちたそれぞれのシーンが、様式美と正面性をもって描かれたイコンや古典絵画のようで、その映画は、「演出した絵画」をフィルムに撮し構成して作られた映像詩といえる。たくさんの静止画を重ねていく作風は、通常の映画というよりは舞台芸術やアニメーションをおもわせる。
おそらく初期映画には、そうした形式の作品もあったはずだが、旧ソ連のコーカサスという辺境から、多くの民族と文化が行交った地域の歴史をよみがえらせるのに徹底した形式美に拠った作品を創造したところに、パラジャーノフのポスト・モダンな先鋭性があったのだろう。
映画の冒頭、「世界史における人間精神の最高の達成のひとつである中世アルメニアの叙事詩(時代や民族全体に関わる出来事を詩の形式でうたった文学)を映画という手段で伝える」という告示がある。
民族や宗派をこえてその詩が語り継がれる民衆詩人サヤト・ノヴァをモデルとする詩人の生涯ー幼年時代から宮廷詩人になり、王妃との悲恋によって修道院に幽閉され、後には征服者に虐殺されたともいわれるその伝記が、全8章にわけて描かれる。
雷雨にぬれた廃墟の窓を山積みにされた古書が埋めている。
濡れた本を日なたに積んで、石をのせて乾かす男たちの労働を見守る少年。
「ペンと文字と書物を愛することー3つの神聖な目標。本は魂であり生命である。本がなければ世界は闇。民衆のために書物を読め」
僧院の屋根に干された本のページを風がめくっていく。少年は屋根の上で聖書の写本を読む。・・・
セリフはなく、絵のように構成された画面にときおり文字があらわれる。
映画セットの美術とういより、より直接的にペルシア絨毯、イコン、骨董品、民族衣装などが登場して、レディ・メイド(既製品)によるコラージュのように超現実的な効果をみせるのも、パラジャーノフ映画の特色。父親が古美術商で子どものころから東西の骨董品のなかで育った影響ともいわれる。アルメニアやグルジアの地方での撮影時には、民衆が自分たちが所有する美術品を持ち寄った。
褐色の風土に映える鮮烈なザクロや染色顔料の色彩、金属細工の金や銀、儀礼の装束の白と黒、そしてウード、セタール、タブラ、ネイなどの弦楽器や打楽器、管楽器の響きが五感をとらえる。全編にわたって言葉のかわりをする民族音楽や踊り。絨毯(じゅうたん)の糸を染めたり、物を運んだりする労働の所作と舞踏の重なり。パラジャーノフは、モスクワの映画学校へ行く前にキエフの音楽院で音楽と舞踏を学んだが、「子どものころ、町の仕立て屋や染物屋、パン屋などの仕事ぶりを見て、その労働に加われないフラストレーションが、大人になって自分をすべての労働を総合するような仕事(映画)につかせた」と、あるインタヴューで語っている。
パラジャーノフの故郷コーカサス地方は、西欧、スラヴ、中近東、アジアのあいだにあって、アルメニア、グルジア、アゼルバイジャン、ロシアといった諸民族が接し、キリスト教(ビザンチン)、ロシア正教、イスラムが交錯した歴史をもつ。グルジア生まれのアルメニア人、パラジャーノフは、モスクワの国立映画大学に学んだが、「ざくろの色」にも集約されるようにソヴィエトの体制下にあって、非ロシア的な民族文化が融合する世界を追求した(アルメニアについては、本サイトのCINEMAバックナンバー「アララトの聖母」やBOOK「わたしの名は紅」など参照のこと)。
この作品をはじめとするパラジャーノフの作品は、アルメニアやグルジア、ウクライナ(キエフ)で製作された。旧ソヴィエトには、いくつかの大きな映画撮影所があって、モスクワのモス・フィルム、レニングラードのレン・フィルムが2大拠点だったが、アルメニア(アルメン・フィルム)やグルジアにも撮影所があって、パラジャーノフのほかにも「ピロスマニ」のシェンゲラーヤ、「歌うつぐみがおりました」「月曜日に乾杯」のイオセリアー二など国際的に知られるグルジア映画や映画監督を輩出する背景となった。
ウクライナの伝説を描いた初期作「火の馬」(1964)で注目を集めたが、ソヴィエト当局の規制下で完成した劇映画は、「ざくろの色」(1971)、「スラム砦の伝説」(1984)、「アシク・ケシブ」(1988)の4作のみ。23本のシナリオと800点の絵画、コラージュが遺された。タルコフスキーが大きな影響を受けたことは、両者の作品をみれば明白だが、その名はすでに「ざくろの色」によって国際的にも高く、1974年に投獄された時にはフェリーニ、ヴィスコンティ、トリュフォー、ブニュエル、ゴダールなどの国際救援委員会が組織され、抗議によって釈放された。ゴダールは、レンブラントやゴヤなどの名画を俳優を使って実写した「パッション」(1982、本サイトのCINEMAバックナンバー参照のこと)のアイデアをパラジャーノフから得た。
紅(あか)いざくろの実は、「死と再生」の象徴である。「ざくろの色」で描かれた民衆詩人の運命は、また天才パラジャーノフその人の運命でもあった。時と国境をこえてひびく官能ゆたかな詩に幼年期から親しんだパラジャーノフは、この作品に多民族が織りなす彩りあるモザイクのような世界の復活への願いをこめた。天才の死と前後して、おとずれたソビエト崩壊と東西が衝突・再編される世界で、その時をこえる映像詩の色彩は深みを増している。
1971年スイス/アルメニア/73分
発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント/¥4,935(税込)
(2007/5/8 update)
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