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映画<鷹見明彦>

クリムト

金色のワルツーエロスと死(タナトス)の、

 1918年ウィーン、骸骨の骨格標本も戦死者の骨で作られるほど第一次大戦の傷病者であふれる病院をエゴン・シーレが見舞いに訪れる。落日を迎えたハプスブルク帝国の頽廃がただよう病院の奥では、美術アカデミーでの師クリムトが変わり果てた姿を温水プールに浸けられて孤独な死を迎えようとしていた。(同じ年にシーレも師のあとを追うように急逝することになるのだが・・)病室の鏡をのぞき込むと、ゆがんでいく鏡面は豪奢なクリムトのアトリエへとつながる。

 1900年のクリムトのアトリエ。高い天井から吊り下がるブランコには、一糸まとわぬモデルの女たちが揺れている・・。弦楽が流れ、紳士たちが葉巻とともにラム酒入りのコーヒーで談笑するカフェでは、ラファエロとともに美は滅んだというアカデミーの画家たちをはさんで、美は絶対で形式は問題ではないとする派と美は時代の概念とともに変わるとする一派が論争している。クリムトは、どちらも「屁のようなものだ」と一蹴する。そのクリムトを「モダン装飾家」と批判し、「鏡の機能性は必要でも、金縁の飾りは俗悪なムダだ」と鋭く切り捨てるのは、建築家で論客のアドルフ・ロース。

 ロースの顔にケーキを押しつけたクリムトは、ケーキは見た目にもきれいで食べられて美味だと応じる。「少なくとも君の絵はセクシャルだから許す」というロースの顔からクリームをぬぐうクリムト。このあたり、「装飾と犯罪」を書いて世紀末スタイルに対してモダニズムの機能性をかかげたロースとアール・ヌーボー(ユーゲントシュティル)を代表するクリムトの対比がよく演出されている。

 すべては病院で死線をさまようクリムトの記憶のまぼろしとして進行するが、いたるところで鏡が舞台回しの効果をあらわす。くだけ散って「不運の世紀」ー20世紀の運命を告げる鏡、パリの娼家のマジック・ミラー・・・。1900年パリ万博でクリムトは、ゴールド・メダルを受賞する。遠めがねを手に万博に押しかける群衆、来客にはロダン、ミュシャといった名があり、受賞祝賀会の余興はメリエス(映画創始期の巨匠)による映画だったりする。

 同年にウィーンで開かれた「ゼツェッション(分離派)展」の会場。クリムトの代表作のひとつ「哲学」(1899、のちに焼失)がスキャンダルを巻き起こしている。フロイトやホーフマンスタール、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウスらが集った世紀末都市には、権謀術が渦巻いている。政治家、パトロン、画壇、ジャーナリズム、たくさんの女たち。   
  「モデルに触れないと描けない」画家には30人の私生児がいたという。そのほとんどがユダヤ人との間にできた子どもという話には、多民族のハプスブルク帝国の首府ウィーン文化の特質とそのユダヤ性が語られている。ユーディット(サロメ)やダナエなど伝説の悪女?の姿を借りた官能に訴える大胆な裸体画とセックス、妊婦・・保守的なウィーン文化に泥をぬるという批判とスキャンダル。パリへのあこがれ・・。

 「クリムトの独特な様式を借りて、当時の美意識や過剰な色彩、空間の歪み、複眼的なものの見方を描きたいと思った。・・映画の語り口は、おそらく最もウィーン的な作家シュニッツラー(映画『輪舞』、キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』の原作者)に倣(なら)った。彼が円環構造の叙述法を編み出し、その作品には夢と現実、正気と狂気が混ざり合っている。この映画は様々な意味でワルツである。休まずに回転し、そのスピードが増し、目がくらみ、気分が高揚する」(監督ラウル・ルイス)

 クリムトがデザインした衣装や、再現された世紀末のカフェ・ハウスのインテリアなども見どころである。全体の中間色の落ち着いたトーンにまじる色彩そしてクリムトが好んだ金が美しく映えて、画家が描いたエロス(と死)の〈フリーズ(装飾)〉にふさわしい映像が実現されている。カフェのテーブルでのクリムトと愛弟子エゴン・シーレのドローイング競作といった、ほんとうにありそうなシーンもある。(本サイトのCINEMAバックナンバー、「エゴン・シーレ」と較べると、表現主義に向かったシーレを通してウィーンの変化が観られる)

 日本でも昨年秋(2006)に封切られ、世紀末の天才画家に扮したマルコヴィッチの怪演が話題をよんだばかりの「クリムト」のDVD化。本サイトで紹介してきた画家とその時代を描く映画のコレクションに、また名作が加わった。
  監督・脚本ラウル・ルイス(『見出された時(「失われた時を求めて」より)』など)、主演ジョン・マルコヴィッチ(クリムト)、ヴェロニカ・フェレ(クリムトの愛人)、サフラン・バロウズ(運命の女)、ニコライ・キンスキー(エゴン・シーレ)ほか。

2006年オーストリア・フランス・ドイツ・イギリス合作/カラー/97分 
発売元:ジェネオン エンタテインメント/¥4,935(税込)

(2007/6/11 update)

 
 
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