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映画<鷹見明彦>

胡同のひまわり

路地と肖像画

 故宮を中心に碁盤の目のように大通りがひろがる北京。その裏通りには、かつて胡同(フートン)とよばれる古い街並みの路地があった。「フートン」とは、モンゴル語で井戸、集落の意。大井胡同、吉祥胡同、豊富胡同など地区によってたくさんの小町に分かれる。東京下町の横丁や路地のようにせまく入り組んだ道に沿って、瓦屋根とレンガ、灰色の土壁の家屋が並んでいる。四合院とよばれるそれら中国北部の伝統様式の民家は、中庭を囲んで東西南北に住居が建てられいる。清の時代には西太后が宦官(かんがん)の屋敷として建てた四合院も、移り変わる時代に複数の家族が共同生活を営む集合住宅になった。時代をこえて庶民の暮らしとともにあった路地は、中華人民共和国の建国とその後の都市改造で削られ、近年は北京オリンピックにむかっての高度経済成長による建設ブームの波にその多くが失われた。

 映画の主役は、まず胡同という場所の記憶−。1967年文化大革命が本格化して紅衛兵が生まれたその年に胡同にひとりの男の子が誕生した。路地の家の庭に咲くひまわりにちなんで、「向陽(シャンヤン)」と名づけられた。息子が生まれて間もなく、友人の裏切りのために反革命分子とされた父親は、文化大革命期に多くの知識人を襲った下放によって農村での強制労働へ送られる。画家であった父は、その労働のなかで手を負傷し、絵描きのキャリアを失う。母と路地の人びとのなかで元気に育つ向陽。突然見知らぬ父親が現れたのは、文革が終わった1976年。河北省で起きた唐山大地震は、胡同の家々を揺るがし、間もなく毛沢東が死去した。長い離ればなれの暮らしは、親子を他人にしたが、向陽のなかに画才を見抜いた父は、息子に自分が失った夢を託してきびしく絵を教えはじめる。

 1987年、開放政策とともに現代化にむかう中国。美術大学をめざして絵の修練に励む向陽は、厳格な父の干渉から逃れるために初恋のガールフレンドと香港からの開放の風が吹く広州へ家出を試みる。逃避行は途中で見つかって、連れもどされてしまう。母は老朽化した路地の家から新しく建ちはじめた公団アパートへの入居を切望するが、階級やコネがものを言う審査の壁にはばまれてなかなか果たせない。
  1999年、高層ビルや高速道路ができて現代都市へと姿を変えた北京。取り壊されていく胡同の路地。父の文革時の経歴が原因で転居できないと知った母は、偽装離婚して公団アパートへの入居を果たす。青年となり結婚した向陽は、80年代以降急展開して国際的にも注目される中国の現代美術の流れにのって新進アーティストとして華々しくデビューする。そのさなか、父が巻き込まれた事件によって、息子ははじめてその過去に秘められた思いを知る・・。

 画家となる息子、向陽のモデルは、家族写真をもとに描いたモノクロームの家族の肖像画が、映画のなかで多く紹介されている張暁剛(ジャン・シャオガン)。1958年生まれ。チャイナ・アヴァンギャルドとよばれる中国の現代美術で、チャイナ・ポップ、シニカル・リアリズムとして欧米でも注目された一群の絵画の代表的な画家のひとりである。その「血縁シリーズー大家族」は、「全家福」という中国伝統の家族の記念写真にもとづいている。サンパウロ・ビエンナーレ(1994)で銅賞受賞。ヴェネチア・ビエンナーレ(1995)に出品。2006年のオークションではその作品が中国現代美術の最高額1億円で落札され話題を集めた。ただし張暁剛は、北京ではなく雲南省の出身。

 向陽の展覧会のロケ地となったのは、北京郊外の大山子(ダーシャンツ)芸術区の798工場跡。ソビエトの指導で建設された国営工場の跡を現代美術家や在北京のアメリカ人ギャラリストが、2002年ごろからかつてニューヨークでアーティストたちが移り住んで新しい美術の街に生まれ変わったソーホーの倉庫街に倣(なら)って、ギャラリーやスタジオに改造した。現在は欧米や日本のギャラリーも出店する北京のアートシーンの中心地として知られる。

 映画では、文革時のポスターを絵画化した王広義や張暁剛の作品を798工場跡に展示して、チャイナ・ポップ全盛期の雰囲気が再現されている。また北京郊外に向陽が移り住んで民家をアトリエにするのも、前衛美術家たちが郊外の農村に芸術家村を作った史実に拠っている。一般映画のなかで、こうした中国の現代美術とその環境が紹介されているのもめずらしい。中国の現代史30年間といえば、その歴史と現実の圧倒的な迫力の前に生半可(なまはんか)なドラマは、すべてメロドラマになってしまわざるをえないが、この作品をそこから救っているのは、家族をモチーフとする張暁剛という実在のすぐれた画家をモデルに設定したことにある。
  昨年夏の日本公開にあわせて、張暁剛個展(2006年7月、トーキョーワンダーサイト渋谷)も開催された。

原題:「向日葵」、監督・脚本:張楊(チャン・ヤン、「こころの湯」「スパイシー・ラブスープ」)、主演:陳冲(ジョアン・チェン「ラスト・エンペラー」の皇后役)、孫海英(スン・ハイイン「上海家族」)ほか。
サンセバスチャン映画祭最優秀監督賞、最優秀撮影賞受賞 

2005年中国/カラー/本編133分+特典映像21分
販売元:ハピネット/¥3,990(税込)

(2007/7/9 update)

 
 
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