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映画<鷹見明彦>

英国式庭園殺人事件

庭園の寓意と風景画のミステリー

 「ZOO」「建築家の腹」「数に溺れて」そしてシェイクスピアの「テンペスト」による「プロスペローの本」(1991)と、1980年代から90年代にかけて、マイケル・ナイマンの音楽が響く様式美と諧謔(かいぎゃく)精神あふれる傑作をつぎつぎに送り出したピーター・グリーナウェイの映画は、ポスト・パンクなイギリスの映画復興をデレク・ジャーマン(本サイトのCINEMAバックナンバー『愛の悪魔 /フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』)とともに強く印象づけたものだった。

 本作(1982)は、1960年代末から長いあいだ、記録映画や自主フィルムを製作していたグリーナウェイの劇映画デビュー作である。
  原題は、「The Draughtman′s Contract(製図家の契約)」。「ドラフトマン」とは、写真のない時代に肖像や風景を写して描いた職業画家のこと。

 1694年、豪壮な邸宅と英国式庭園が広がる郊外の館に画家が招かれる。その館の当主である侯爵がサウスハンプトンの別邸に行って留守の12日間に邸宅と庭園をさまざまな方向から描いた12枚の絵を制作するために。それは屋敷と庭と乗馬にしか興味がない夫との冷えた夫婦仲を修復しようとする侯爵夫人の依頼だった。絵が完成するごとに画料を支払い密会に応じるという密約を果たすうちに、夫人の初めの企ては愛欲に変わってしまう。

 画家に魅せられた美しい令嬢もまた母親の眼を盗んで、画家に母と同じことを要求する。そのようにして12枚めの絵が仕上がろうとしていたが、予定の日になっても侯爵は館に戻らず、やがて庭園の堀で死体が発見される。未完の画家の絵に犯人の証拠や不倫の現場が描かれているのを知った夫人は、13日目の真夜中に13枚めの絵を描かせようとするのだが・・。

 「建築家の腹」(1987)の主人公がフィレンツェの建築家であったように、この映画は、17世紀イギリスの画家を主人公として、画家と貴族社会の関係の実態を「プロスペローの本」同様に、ネオ・プラトニックな数秘術などを薬味に寓意的なユーモアをこめて描いている。庭園と人間関係のアレゴリー・・。
  「イギリス絵画が生まれつつあった時代、ホイッグ党の地主たちが建築と地所を大がかりに動かしはじめた時代だった。風景式庭園の衝撃的な登場でシンメトリー庭園が崩れ去る直前の時代でもあった」(ロンドン映画祭プログラム・ノート)

 「ZOO」(1985)では、変質医者が裸女に偏愛するフェルメールの絵と同じポーズをとらせたり、「プロスペローの本」では、ボッティチェリやヴェロネーゼ、ブリューゲルなどの絵の構図がつぎつぎに現れる。美術学校に学んで画家を志したグリーナウェイの映画は、さながら名画の引用パズルのようだが、監督自身が「ドラフトマン」に成り代わって描いたスケッチや構図器、暗箱装置を使う作画の考証など、この作品では、直接的で淡々とした演出が効果をあげている。パーセルのアリアやモンテヴェルディのオペラからアレンジしたというマイケル・ナイマン・バンドの音楽と古楽も聞きどころである。本格的な舞台衣装をまとった役者たちには、イギリス一流の演劇人をそろえて、誇張されたセリフ回しとともに旧き時代の趣きを発散している。

 スーパー16ミリで撮影されたため公開時、不鮮明だった映像はハイヴィジョン・デジタル・リマスタリングによって生まれ変わった。

キャスト:アントニー・ヒギンズ(画家、『さすらいの航海』『レイダース/失われたアーク』)、ジャネット・スーズーマン(侯爵夫人、『そして船は行く』『アドルフの画集』)ほか。

1982年イギリス/カラー/103+特典42分
販売元:紀伊國屋書店/¥5,670(税込)

(2007/8/9 update)

 
 
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