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映画<鷹見明彦>

アンダルシアの犬

スペインの天才たち、若き日の友情の非合理的結晶

 カミソリで片方の目玉を切り裂かれる女、手のひらに集(たか)るアリ、ロープにつながれたグランド・ピアノと腐爛(ふらん)したロバの死骸と神父を必死に引きずろうとする男・・・。「アンダルシアの犬」は、いちど見たら意識下に焼き付くいくつもの鮮烈なシーンのイメージとともに、実験映画史上もっとも有名な名作のひとつとして知られている。その衝撃力は、誕生から100年近くが経過した現在も失われていない。

 製作は、ルイス・ブニュエルとサルヴァドール・ダリ。1910年代から20年代にかけて、2人はマドリードの学生会館で寝食を共にした仲間だった。当時スペイン各地から首都に集まったエリート青年たちは、日本の旧制高校やイギリスのハイスクールがそうであったように、寄宿校にはいって大学をめざした。ブニュエルはアラゴン州の古都サラゴーサから、ダリはカタルーニャのフィゲラスから、そして内戦の犠牲となる詩人ガルシア・ロルカは、アンダルシアのグラナダから。やがて映画、絵画、詩の各分野で20世紀を代表する作家になる天才たちが友情を結び、青春を謳歌(おうか)した日々があった。

 ブニュエルの監督処女作となった「アンダルシアの犬」は、回想によれば、パリへ出てシュルレアリスムの影響を受けた2人が、フィゲラスのダリの家で再会し、それぞれが見た夢の話をしたことから生まれた。

 「わたしは少し前に見た夢の話をした。細い横雲が月をよぎり、かみそりの刃が目を切り裂く。ダリのほうも昨夜夢に見たばかりだといって、てのひらにアリがいっぱいいる光景を話した。彼がつづけていうには、『そこを出発点にして2人で映画をつくったらどうだい?』」。(ルイス・ブニュエル『映画、わが自由の幻想』)

 「シナリオは、2人が意見一致で採択した、簡単きわまる規則によって、たった一週間で書き上げられた。合理的、心理的ないし文化的な説明を成り立たせるような発想もイメージも、いっさい、受け入れぬこと。非合理的なるものに向けて、あらゆる戸口を開け放つこと。われわれは衝撃を与えるイメージのみをうけいれ、その理由について、穿鑿(せんさく)しないことーである」。

 撮影は、パリで2週間ほどかかってクランク・アップした。オリジナルはサイレントで、初の公開上映には、ピカソ、コクトー、ル・コルビュジエやシュルレアリストの仲間全員が集まり、ブニュエルは、スクリーンの後ろの蓄音機でタンゴとワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のレコードをくり返しかけ続けたという。
  ブニュエルの回想を読むと、その脚本は、シュルレアリストたちが得意としたオートマティスム(自動筆記)やディペイズマン、連想ゲームの方法で書かれたことがわかる。アリやウニ、砂浜に埋まった人物など、ダリの絵画に頻出する偏執的イメージのフィルム版として観ても、おもしろい。

 サイレント〜トーキーの初期映画で動画のものめずらしさによった、恐怖や怪奇、コメディなどに実験的映像を使った作品は少なくないが、この作品が時代をこえてかがやきを失わないのは、そのイメージが無意識の奧にある人間精神の深層の水脈にふれているからだろう。それはまた、その後にやってくる怪物のような時代を予兆する戦慄にみちている。「美とは痙攣(けいれん)的なものである」(アンドレ・ブルトン)という啓示を見事に具現した15分間。

監督:ルイス・ブニュエル、脚本:サルヴァドール・ダリ+ルイス・ブニュエル、キャスト:ピエール・バチェフ(男)、シモーヌ・マルイユ(女)ほか。

1928年フランス(アメリカ版)/白黒/15分
発売元:アイ・ヴィ・シー/¥3,500(税抜)

(2007/11/9 update)

 
 
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