ホルベイン アーチスト ナビ
 
バナー:ホルベイン アーチスト色鉛筆
バナー:ホルベイン 透明水彩絵具バナー:ホルベイン エアロフラッシュバナー:ホルベイン ドローイングインク

 
  トップカフェオランジュ > 映画
 
映画<鷹見明彦>

エドヴァルド・ムンク 生命のダンス

生命のフリーズ(装飾)、愛の遍歴と北の光の風景

 現在巡回中のムンクの大回顧展(2007年10月6日ー2008年1月6日 国立西洋美術館、1月19日ー3月30日 兵庫県立美術館へ巡回)は、よく知られた代表作とともに「装飾」に焦点をあてている。ムンクの表現主義的な絵画を思い浮かべると、およそ「装飾」とは結びつかないようにも思えるが、19世紀末から20世紀初頭のアール・ヌーボーの画家たち、象徴主義といった大きなくくりにはいる画家たちの多くがそうであったように、ムンクもまた公共建築や私邸を飾る壁画や絵画シリーズを少なからず制作している。クリムトの代表作が、「ベートーヴェン・フリーズ」であったように、ムンクは、一連の作品を「生命のフリーズ(装飾)」と名づけていた。

 「『生命のフリーズ』は、全体として生命のありさまを示すような一連の装飾的な絵画として考えられた」。
  「これらの作品をフリーズとして飾った芸術の礼拝堂を作ろうとして、素描を描いています」。
  「フリーズの連作や講堂壁画によって、現代の装飾芸術を創始したのは、私である」。(以上、ムンクの手記と手紙から)

 「叫び」「マドンナ」「接吻」「不安」などそれぞれ絵画や版画によって図柄をみれば見覚えがあるその作品の多くが、愛や生、死といった主題のもとに一連の物語絵的な連作をなして、発表時の展覧会でも「生命のフリース」の総タイトルをともなって構成された展示が行われていたことが、記録写真によっても跡づけられる。そうした趣向は連作の配置を常に意識して壁面いっぱいに作品を飾っていた画家のアトリエの写真によっても明らかだが、実際にムンクは、後年の代表作であるオスロ大学講堂や未完に終わった市庁舎の壁画だけではなく、それ以前にも以降にもベルリンの劇場やノルウェーの工場、複数の個人住宅のための壁画を制作している。
  ただし壁画といっても、ルネサンスのようなフレスコではなく油彩の大作を壁にはめ込んだ壁画なので、たしかに「装飾画」といったほうが、実態に近いのかも知れない。いずれにしても、ムンクのこうした連作壁画への志向は、壁画といった古典的様式から離れた感がつよい近代絵画にあって、むしろジョットやヤン・ファン・アイクといった過去の大画家たちに近い絵画観に基づいていたと考えられる。それとアールヌーボーの装飾や建築と美術の融合という時代の流行が、結びついている。

 とかく現代人の個的な「疎外感」の挿絵になることも多いムンクを、そうしたクリシェの檻から解き放つ新世紀への起爆力をもった今回の「ムンク展」なのだが、ノルウェーで制作された本ドキュメンタリーは、北欧に生まれ、2つの世紀をまたいで80年という生涯に過去と未来をつらぬく大業を成し遂げた大画家の世界をコンパクトによく描いている。

 誰もがその作品のイメージを知るわりには、ゴッホ、ピカソなどに較べるまでもなく、その人や人生について識るところが少ないのは、北欧の辺境性、生きた時代(1863ー1944)の複雑さ、母国ノルウェーに限らず、諸国を遍歴した経歴などが障害となっているのだろうが、首都オスロがクリスチャニアと呼ばれていた独立前の時代から、19世紀末のパリ留学、アカデミズムや母国での無理解、ベルリンでの表現主義の先駆者としての支持、晩年の名声とナチズムの抑圧・・・。実母や姉などたくさんの死に囲まれた少年期、名門生まれの医者の父親との確執、愛の遍歴、国境をこえて展開した放浪画家のような旅と展覧会、アルコール中毒による神経症と療養生活など、写真と現地ロケの映像を重ねてたどられる画家が生きた時代と場所の光景が、北の寒い風景とともに作品にオーバーラップしながら語られていく。画家が遺したおびただしい日記からの引用や再現ドラマは、謎にせまる手がかりを与える。「ムンク展」が示す現地の壁画ー〈フリーズ〉が見られるのも、映像ならではの効果である。

(ムンクの伝記については、本サイトBOOKのバックナンバーを参照のこと)。
 本のエッセーバックナンバー「ムンク伝」はこちら

1997年ノルウェー/カラー/52分
発売元:ナウオンメディア/¥3,990(税込)

(2007/12/11 update)

 
 
つながらないページや移動したページを見つけられましたらこちらまでお知らせ下さい。

Copyright (C) 2005 holbein works,ltd. Japan All Rights Reserved.