ニキフォル 知られざる天才画家の肖像
ポーランドの雪の町に生きた〈生〉の芸術家
ニキフォル(1895?ー1968)は、ポーランド南部の保養地クリニッアに生まれ育ち、終生旧いヨーロッパの面影を残すその町の風景を描いた。父は失踪、母は掃除洗濯婦などをしていたという画家の生年は確かではない。母とも幼くして死別し、母親ゆずりの言語障害があった少年は、読み書きも満足にできず、浮浪児として育ったが、やがてことばの代わりに描き始めた絵を保養客に路上で売って暮らすようになった。生涯に4万点あまりの作品を残したといわれるが、ほとんどは教会や町並、聖人、イコン、自画像を児童画のように遠近法によらず細密に水彩と鉛筆で描いた水彩画である。
1930年代にはクリニッアを訪れた本職の画家たちによって発見され、フランスや欧米でもアンリ・ルソーの流れを継ぐ素朴派の画家として紹介されるようになった。60年代の終わりにはワルシャワの美術館で個展が開かれ、芸術家協会の名誉会員にも選ばれた。近年では、正規の美術教育を受けずに創造を行う知的障害者によるアートとして注目されるアウトサイダー・アート/アール・ブリュット(生の芸術)の代表的な画家のひとりとして評価されている。画家として知られるようになってからも、ニキフォルの生活は変わらなかった。
1960年冬、雪に包まれた山間の田舎町クリニッア。社会主義政権下の町役場で美術を担当するマリアン(ロマン・ガンチャルチク)の仕事は、レーニン像やスローガンを記した看板の飾り付けなど。ある日、仕事場に画材を詰めた旅行鞄を持ったニキフォル(クリスティーナ・フェルドマン)がやってくると、そのまま居座って絵を描きはじめた。自分の画家としての才能に行き詰まっていたマリアンは、放浪の画家を追い出すつもりが、虚飾のない絵と才能に惹かれて、面倒をみるようになる。その出生を調べるために各地の役所を訪ねても戸籍は見つからず、ワルシャワの美術館で開かれている自分の展覧会を見せても無頓着なニキフォル。古都クラクフの文化省に栄転する上司の誘いも辞退し、偏屈と浮浪者同然の姿に町民からやっかいがられていた老画家は、夫婦喧嘩のもとにもなるが、マリアンは結核を患った画家の面倒をその最期までみる・・・。
ニキフォルと献身的にその晩年の世話をしたクリニツァの画家で後見人マリアンのストーリーは、実話に基づく。ある町に生きた独学の画家の物語と映画では、グルジアの素朴画家として知られる「ピロスマニ」(1862〜1918、ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督1969)や保養地にやって来た画家たちに発見されるのは、イギリスの港町セント・アイヴスの船乗り画家、アルフレッド・ウォリスの話にも重なる。わが国でのニキフォルの作品の紹介は、「生の芸術
アール・ブリュット」展(ハウス オブ シセイドウ、1995)がある。
なんと言っても、見どころは、老ニキフォルを演じたというより、成りきった女優クリスティーナ・フェルドマンだろう。撮影時、80代半ばのポーランドで最も有名なベテラン女優の怪演は、この作品に数々の映画賞をもたらした。女優が異性を演じるといえば、今年のアカデミー賞で注目を集めたケイト・ブランシェットの「アイム・ノット・ゼア」でのボブ・ディラン役などもあるが、フェルドマンの前ではそれも霞(かす)む。
監督:クシシュトフ・クラウゼ/第40回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭グランプリ、第41回シカゴ映画祭グランプリ、第50回バリャドリード国際映画祭最優秀女優賞、ポーランド映画賞2005最優秀主演女優賞受賞ほか。
2004年ポーランド/カラー/100分
発売元:ジェネオン エンタテインメント(株)/¥4,935(税込)
(2008/3/11 update)
|