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映画<鷹見明彦>

NOIR(ノワール) Odilon Redon

上昇する眼玉の気球を見つめていると

 最近、韓国にできた美術館で大型の液晶ヴィジョンの「モナ・リザ」や「最後の晩餐」のキリストや使徒たちが、動きながら観客に話かけてくる展示がニュースになっていたが、それは極端な例としても、ひとつの想像として、アニメやCGが普及したこの時代に傑出した過去の画家たちが生まれていたら、どんな作品を創っていただろうかと思う。とくにデッサンや素描力に秀でた画家たち、ダ・ヴィンチもそうだが、レンブラントやゴヤ、ゴッホなどの版画や素描は、動いているように見える。南アフリカのウィリアム・ケントリッジというアーティストは、コンテやクレヨンで描いた一時代前の画家たちのような素描を使ったアニメーションによって注目された。

 このCGでは、ルドンの石版画を直接素材にして、その〈黒〉(ノワール)の世界が動きだしたり、変容する様子が見られる。まずピアノが奏でるサティのワルツにのって長い脚を持つ黒い毛玉のような「蜘蛛」が這(は)いまわる。「骸骨」の木炭画や剣をさしおろす馬に乗った死の姿を描いた版画集「聖ヨハネ黙示録」(1899)の一葉が、メシアンの「世の終わりのための4重奏曲」とともにクローズアップされて、画面の濃淡の細部へたどられる。エドガー・アラン・ポーに捧げられた「仮面は弔(ともら)いの鐘を鳴らす」で眼だけ残る骸骨がつく鐘が、フレームの向こうでピアノの音にのって、左右に揺れる。ファゴットの響きに呼び覚まされるようにして、「聖アントワーヌの誘惑」「ゴヤ頌」「夢のなかで」などの連作に現れたひとつ眼の怪物たちが目を覚まし、魚と合体した人間のヴィジョンが、サティやラヴェルの曲とともにひそやかに顫動(せんどう)する・・・。

−私の黒はリトグラフのなかでこそ、その完全な輝き、混じり気のない輝きを放つ−。
−何者も黒を汚すことはできない−。
−黒は目には美しく映らないし、いかなる官能も呼び起こさない。しかしそれはパレットやプリズムに浮かぶ美しい色をはるかに超越した精神の代弁者なのだ−。
                         (『ルドン私自身に』みすず書房より)

 印象派が外光へ解放を求めた同じ19世紀末に、夢のなかで観る鮮やかな色彩の化身であるような花や神話のモチーフを描いたオデュロン・ルドン(1840〜1916)は、また誰よりも黒の深さを究めた画家だった。それは人間が窓のように世界をまなざす眼をもつと同時に、内面を見つめる眼を持つ存在であり、その作品のヴィジョンは、外からではなくこころの深層からやって来ることを示している。直接そのような眼のイマージュを描いた作品に限らず、「おそらく花のなかに最初の視覚が試みられた」(版画集『起源』1883のうちの一作のタイトル)ではないが、ルドンの場合は、パステルや油彩でふつうに描かれたように見える色彩の霊媒のような罌粟(ケシ)などの花々の絵にも、眼を感じる。

 「眼は奇妙な気球のように無限に向かう」(同『起源』)や「いたるところで瞳が燃える」(同『聖アントワーヌの誘惑』第一集)・・・。ルドンがくり返し描いた空に浮かぶ眼玉には、そうした人間の視覚の秘密が映されている。
またこうした強烈な幻視と表裏に、やすらかに眼を閉じた女性の顔をやや見上げた構図で描いた連作もある(『眼をとじて』1890、ここには収録されていないが同作による武満徹のピアノ曲がある)。

 CGは、ルドンが石版画に求めた世界をよく吟味して、本質をとらえている。オリジナルのアニメ以上の成果に感心した。巨大な円柱のあいだに浮かぶ眼(「幻視」ー版画集『夢のなかで』)が浮遊したり、ひとつ眼の毛むくじゃらの怪物(同『起源』)の眼球が膨張して、身体から空中へと浮かび上がっていくシーンには、息を嚥(の)む。日本の演奏家たちが奏でる、ルドンと同時期のフランス近代音楽の調べも、ぴったり画像に合っている。

 本作品は、「ルドンの黒」展(2007年7月28日〜8月26日 Bunkamuraザ・ミュージアム[東京])の開催に際して、同展に出品された岐阜県美術館のコレクションによって制作された。

監督:大槻一雅、CG制作:キャドセンタークリエイティブスタジオ

2007年/モノクロ/17分
発売元:株式会社キャドセンター /¥1,700(税込)

(2008/4/16 update)

 
 
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