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「新音楽」1966年6月号

第4変奏 ルドルフ・バルシャイ

 なつかしい印刷物が出てきた。
 「新音楽」1966年6月号。大阪労音の編集、発行である。

 大阪労音は戦後まもなくの1949年に発足した「音楽の生協」とでもいうべき組織である。朝鮮動乱の特需で経済が潤う前の、住はもちろん、衣食も十分でない時代、それでもよい音楽を安く聴ききたいという勤労者庶民のやみがたい欲求を満たそうとの趣旨で、おもに職場で会員グループを募り、納められた会費によって運営されるシステムであった。
 のちには一人でも加入できるようになったが、1966年当時はグループで加入するという建前が、まだ、くずれていなかったのではと思う。私も職場で同好の人たちを誘って、毎月の演奏会に通ったものだ。(労音のシステムとしては「例会」と呼んでいたが、私たちには演奏会に行くという意識しかなく、「会員」と思ったことはなかった。生協で買い物するのに、会員として行くとは思わないのと同様である。)

 最初は月会費100円均一で、邦人演奏家の演奏会ばかりだった(と思う)。
 しかし、それでは満足できないという「会員」の要望で、海外演奏家の「例会」も企画にのぼるようになった。
 私はクラシックのことしか念頭にない書き方をしているが、会員構成は圧倒的にポピュラーのほうが多かった(と思う)。
 海外演奏家の「例会」は「特別会費」で高くなるのはやむをえないとして、邦人演奏家の例会も物価の上昇につれ、100円均一を維持できなくなり、1966年には、すでに企画ごとに会費が設定されるようになっていた(と思う)。(「と思う」ばかりで恐縮。なにしろ古い話なので。間違ってたら訂正をお願いします。)

 クラシックの「発展途上人」だった私には、この「例会」ではじめて聴く曲がいくつもあった。たとえば次のような。
(1)「カルミナ・ブラーナ」(オルフ)。曲名も作曲家の名も、このときが初めて聞くものだった。出だしのコーラスの1節を聴いただけで、いっぺんに曲の中に引き込まれ、おしまいまで意識を集中して聴きとおした。
(2)「ドン・ジョヴァンニ」(モーツァルト)。オペラは、レコードを買って聴くには、まだまだ敷居の高いジャンルだったが、ところどころに親しみやすいメロディが出てきた。筆頭はレポレロが歌う「カタログの歌」の「わが国では1003人」の箇所で、ここは一発でおぼえた。(演奏はすべて邦人演奏家で、歌詞も日本語、字幕の助けは必要なかった。)
(3)「夕鶴」(團伊久磨)。伊藤京子のおつうがよかった。おつうの愛情がいとおしく、観終わっても余韻が醒めなかった。その思いを甦らせようと、後年、上演600回記念公演のライブLDを買ったが、期待がはずれた。衣装は時代ものなのに抽象化された舞台装置で、物語そのものの雰囲気がなく、鮫島有美子のおつうにも、いじらしいという気持ちが湧いてこないのだ。うすれた記憶では伊藤京子のおつうは、もっと古風だったように思う。私に若いときのような純粋さがなくなってしまって、見る目がかわってしまったのか。

 前に書いたことで、これからも同じようなことを繰り返すことがあると思うが、最初に聴いた演奏が、その曲の「標準」になりがちだということ。伊藤京子で観た「夕鶴」もその一つにちがいない。


1966年6月号中面(部分) 
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  1966年6月号。この冊子、なんでいままで処分もせずに残してあったのか。
バルシャイのサインをもらっていたのである。この月、15日と16日に、大阪・中之島のフェスティバル・ホールで、ルドルフ・バルシャイ、モスクワ室内管弦楽団の、労音による演奏会があったのだ。
 冊子は、労音の月刊機関誌だが、演奏会パンフレットの役割も果たしていて、曲目と演奏家についての解説があるほか、クラシック音楽界のちょっとした情報誌にもなっていた。

 演奏会が終わってから、楽屋口に並んでサインをもらい、永遠の記念(「お宝」)にしようとたくらんでいる人はたくさんおられるが、私にはその趣味はなかった。行列をして何かを待つ、というのが苦痛なのだ。
 それが、どういう風の吹き回しだったのか、バルシャイのサインをもらうために並んだのだ。待ったのだ。そして、忘れはしない。大きな掌で握手してもらったのだ。そして発した。「この次は、ぜひベートーベン(ヴェンではなく)を聴かせてください」だと。

 深く考えたわけではない。とっさに口をついて出てしまったのだ。この際ひとことでも言葉を交わしておかずにすませるものか、という邪念百パーセントだったのである。
 バルシャイさんは何と答えられたか、「承わっておきましよう」くらいの答えだったか。もちろん通訳氏の日本語を介してだが、柔和な笑みで「お言葉」を返してもらって、意気揚々と引き揚げた。 

 はじめからサインをもらうつもりなら、レコードのジャケットか色紙を持って行くのだが、そのつもりのなかった私は何も持ち合わせがなかった。窮余、思いついて差し出したのがプログラム代わりの、機関誌「新音楽」だったわけである。ご本人の写真の載ったページを開いて差し出したので、日本語の刷り物でも、どういう類のものかは察しがついたのだろう、写真の下にサインを頂戴した、という次第。

[注]のちに私はバルシャイのベートーヴェンの実演に接した。協奏曲の伴奏指揮にぜひバルシャイをとのリヒテルのたっての要望で急遽呼び寄せられた。1970年9月18日、東京文化会館での演奏会。交響曲第7番とピアノ協奏曲第3番であった。オーケストラは読売日響。

1970年9月18日東京文化会館での演奏会チケット

 1966年(まだ昭和の時代、41年)6月の、バルシャイ、モスクワ室内楽団の演奏会は、会費600円であった。この値段がどれほどのものであったか、比較のために、また、レコード市場の商品にはどんなものがあったか、ご参考までに、この演奏会のあった同じ月に私が買ったレコード(もちろん個人的な偏向では参考になるまいが)を列挙する。

1) ベルリオーズ「イタリアのハロルド」(バルシャイ(va):D.オイストラフ指揮,モスクワ・フィル)(SHINSEKAI SH-7618 1,800円)

2) ヒンデミット「画家マチス」(ホルヴァート指揮:ザグレブ・フィル)同「ウェーバーの主題による交響的変容」(コンドラシン指揮:モスクワ・フィル)(PHILIPS SFL-7851 1,800円)

3) ブラームス「ヴァイオリン・ソナタ 第2番,第3番」(ボリス・グトニコフ(vn);マリヤ・ペチェルスカヤ)(SHINSEKAI SH-7621 1,800円)

4) ショスタコーヴィチ「交響曲 第5番」(ロヴィツキ指揮:ワルシャワ・フィル)(廉価盤 1.300円)

 バルシャイの演奏会がいかに安い料金で聴けたかがわかるというものだろう。
いま、CD1枚の国内レギュラー盤価格は3000円(〜2500円)である。同じ比率を適用すれば1000円(〜850円)にしかならない計算である。
 何もかも合理化し「進歩」し、さらには豊かになったはずの現在、だれが1000円で演奏会を聴かせてくれるのか。私は何も労音に肩入れして言っているのではない。いまの世の中のシステムが決して結構づくめでなく、私たちを幸せにしてくれるとは限らないことをいいたいのだ。600円でバルシャイが聴け、サインをもらえた私は幸せ者だった。

 もうひとこと。
 1966年6月の演奏会は、大阪では2ステージかかっている。そればかりではない。名曲ポピュラー・コンサートとして、外山雄三・大フィルの演奏会が3回開かれている。「ポピュラー」とはいえ、ゴーメスの歌劇「オ・ガラニ」序曲や何占豪・陳鋼のバイオリン協奏曲「梁三伯と祝英台」(vn=外山滋)のような、決して「ポピュラー」といえない珍しい曲がとりあげられている。それが350円なのである。
 あの時代のほうが、みんな骨があったのか。輝いていたのか。
 ちなみに1966年当時の私の月収は、妻と子供3人で、名目59,000円(手取り54,000円)見当であった。

 肝心のバルシャイ、モスクワ室内オケの演目に触れておかねばならない。次の5曲が演奏された。
1) モーツァルト:交響曲 第29番 イ長調 K201
2) バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント ヘ長調
3) ブーニン:弦楽器のための音楽
4) プロコフィエフ/バルシャイ編:束の間の幻影
5) ヴィヴァルディ:オーケストラのための協奏曲 イ長調
  *曲目解説にはイ長調の曲は2曲あるが、どちらが演奏されるかわからない旨記されている。「クラシック音楽作品名辞典」を引いても「オーケストラのための」という曲名は出ていないので、見当をつけかねる。

 近時、バルシャイの名が、ディスク小売業界でよくはやされるようになってきたのはうれしい。ショスタコーヴィチ交響曲の全曲セットが、非常な廉価で出て、演奏が高く評価されたのが人気化のいとぐちだったような気がする。
 ソ連を離れてからの録音が、しばしばCDでお目にかかれるようになった。そして、メロディア時代の録音も掘り起こされてきたようだ。だが、そのなかに置き去りにされているのがある。
 1966年のプログラムにあったモーツァルトである。
CD化されていないバルシャイ/モスクワ室内管弦楽団のモーツァルト(交響曲)は何があるか。私の所蔵LP(買いもらしがあることもわかった)で確かめた。煩雑を避けるため、交響曲の番号だけ記す。

◇10,11,29(SHINSEKAI SH-7592) ◇18,36(同 SMK-7649) ◇22,25(同 SMK-7523) ◇28,34(同 SMK-7656) ◇30,33(同 SMK-7563) ◇35,38(同 SMK-7543) ◇54(K.Anh216),喜遊曲K138(同 SH-7676) ◇32,39(MELODIYA C 01699) ◇41(同 C 01515)  ◇24,40(MEZHDUNARODNAYA KNIGA MK C 0663)

 これらに、私が買いもらしている、No.1 K.16, No.20 K.133, No.31 K.297(300a), ニ長調(No.7 K.45のこと?), ト長調(K.Anh221(45a)「旧ランバッハ」のこと?)を加えて、バルシャイのモーツァルト交響曲のメロディア録音が全部揃う。

 もひとつ大物で、ベートーヴェンも見捨てられている。第九をのぞく全曲がメロディアから出ているが、私は「田園」しか知らなかった。「新世界レコード」では発売されなかったのではないか。当時の私は国内盤を熱心にチェックしていたから、出ていれば見逃さなかったと思うのだ。

 交響曲のほか、若干のピアノ協奏曲や管弦楽曲も網羅して「バルシャイ〜モーツァルト&ベートーヴェン メロディア録音集成」というような企画を実現させてほしい。もちろん、ショスタコーヴィチ全集並みの価格でだ。
[注]バルシャイのディスコグラフィーは「Classic Cafe」(www.ann.hiho.ne.jp/aria/index.htm)を参考にさせていただいた。

  さて、労音のプログラムにあったモーツァルトの交響曲(第29番イ長調K201)を聴きなおしてみた。ただ、いままで自覚しなかったけれど、こうやって書きすすめてくると、私はどうやらモーツァルトがあまり好みでないことに気がついた。
 モーツァルトは、ディスクの所蔵も少ないうえ、この演奏が私にとっての「標準」だと断定できるほどの聴きこみができていない。別掲11種類の演奏を単純に聴きくらべるにとどめる。

 この曲は、アレグロ・モデラートの第1楽章が演奏の特徴をつかみやすい。アレグロ並みに速いのから、モデラートに力点がありそうな、ゆったりめまでの幅があり、これでほぼ全曲のイメージができあがる。テンポの違いで3つのグループに分かれる。
 テンポの速いグループは、レヴァイン、ホグウッド、ワルター、バルシャイ、マークである。速いけれど、それよりはやや遅めなのは、マッケラス、チュン、ブール。ゆったりしたテンポを聴きとれるのは、アリゴーニ、スウィートナー、ベームで、速いほうと聴きくらべなくても、そうとわかるテンポである。
 総じて、第1楽章が早めなら、第2楽章も早めのテンポで通しているが、ワルターは例外で、第2楽章は極端に遅くなり、ベームに匹敵するスローテンポで演奏している。ゆっくりの筆頭格はスゥイートナーで、丹念な演奏が感じよい。

 バルシャイは音量のレンジがひろく、小さな音量の使い方がじつにうまい。それがごく自然なのだ。そして、流れがなめらかで快い。後期の交響曲も聴きなおしてみなくてはと、いま思っている。

[前回の補足]
 前回「ダヴィド・オイストラフ」のアップデートと前後してオイストラフのCDが発売された。この中にショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番(ムラヴィンスキー指揮)の1956.11.18の録音が入っている。[BRILLIANT 92609 (10枚組で4000円少々)]

 【MozartSymphony No.29.pdf(7KB)】

 
(2005/07/22 update)
   
 
         
 
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